守るために必要なこと
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「脅すようなことを言ってしまったな」
ディアーシュ様がそう言ったのは、私が考え込んでしまったからだろう。
「いえ、当然の予想だと思います。ただ、私にアリアに抵抗ができるのか……と思ってしまって」
正直なところ、アインヴェイル王国を助け続ければ、いつかは私の存在に気づかれてしまう。
生き残りたいのなら、その時までに、錬金術でアリアの力を抑える方法を探すべきだ。
ラーフェン王国で罪人にされたのは、私に何の力もないから精霊の力を使う必要がなかったことと、私の立場を貶めたかったからだ。
私が戦える力を持ったと知れば、アリアは精霊の力で私を攻撃することをためらわないだろう。
でも、錬金術をレド様から学んだからこそ、アリアを圧倒するのは難しそうな気がする。
「あの聖女に対処するのは、我々アインヴェイル王国側だ。お前ではない。お前は手助けしてくれているというのに、それが原因になって見つかった時に、自力でどうにかしろと言う気はない」
私が対応しなくていいと言ったディアーシュ様は、続けた。
「出来る限りの手を使って、守ると約束する」
――守ってくれる。
そう言ってくれたことに、私はひどく安心した。
一人きりでもがいていたところに、誰かが助けに来てくれたように感じる。
守ろうとしてくれる気持ちが嬉しくて、涙腺が緩みそう。
涙をこらえるために、ひっそりと自分の手をつねってから応じた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。こちらの方が、お前に恩を受けすぎているのだから。ただ、神殿側によって聖女に祭り上げられなくても、いずれお前の存在が目立つことになるだろう。アインヴェイル王国のためになることをすればするほど」
同意するしかない。
ディアーシュ様やアインヴェイル王国の困っている人のためになにか作ると、それによって私は目立ってしまう。
「だから弟子を取ることにしたのですが、これでは足りませんか?」
錬金術師を増やせば、カモフラージュになるけど。
「あの聖女は人が苦しむのを見て喜ぶ人間だ。地の底に叩き落したはずのアインヴェイル王国の人間が、平穏に日々を暮らすだけではらわたが煮えくり返すはずだ。必ずそうなった原因を追及させるだろう」
「ぐうの音もでません……おっしゃる通りです」
アリアの本質をよくわかっていらっしゃる。
「でも、状況を改善することを止めたくはありません」
ここで何もかも止めて、放置したら……私は安全でいられるかもしれない。
代わりに、アインヴェイル王国は大きな飢饉に見舞われたり、気候もおかしくなって、人々が飢え死んだり凍死してしまう。
「ああ。だから気づかれる前に、こちらを壊滅的な状況にできなくなるほどの基盤を作らなければならない」
「基盤、ですか?」
アリアと争って勝つ覚悟ではなく、アインヴェイル王国を守るための基盤?
「それがあれば、どう争ったところであの聖女はアインヴェイル王国を滅ぼせなくなる。精霊の力を借りずにいられるとわかれば、他国もあの聖女を恐れなくなるだろう。ひいては我が国の力が増し、君を保護し続けることができるようになる」
私はハッとする。
守るという言葉を実行するために、アインヴェイル王国の国力の強化を考えているんだ。
精霊の力を借りずに生活できるようになれば、恐れる必要はなくなる。問題を引き起こされた時に、対応していけばいいのだ。
冬の精霊の時のように。
「どういう基盤が必要だとお思いですか?」
ディアーシュ様は少し口の端を持ち上げた。たぶん、笑ってくれた。
「願望としては、精霊に左右されない国になること。基本的には、農産物が従来ぐらいの水準で清算できることと、人が凍えずにいられるようになること……。そのうち片方は、すでに君は達成している」
暖石と温石があれば、凍死することはなくなるからだ。
「農作物の方はどうだ?」
ディアーシュ様から、基準を達成できる方法があるのか問われた。
もし、そんなことできないと言ったら……。
(私を逃がすか別人に仕立てて、私がいたという痕跡を極力消し、アインヴェイル王国がこれ以上標的にならない方法を、探すのかもしれない)
ディアーシュ様はそういう人だ。
そのために、私に確認してくれている。
だから慎重に答えた。
「農産物の方が、対策は難しいかもしれません。栄養や土壌についてはなんとかできるかもしれませんが、気温だけは……」
精霊の力で育つのは、おそらく精霊によって与えられる魔力によって、成長が促進されるのだと思う。それを錬金術の薬で代用できればいい。
でも植物には暖かさが必要だ。
雪が降る中では育たない。そして王国中を温かくするのは、錬金術のアイテムでは難しい。
「今回のことのように、冬の精霊を何体も送り込まれたら、育った野菜や穀物をダメにされてしまいます。大地が火山の近くのように温かくなるとか、そういうことがないと……」
「火山か」
ぽつりとディアーシュ様がつぶやく。
「ならば、どうあっても春を待たねば生産は難しいようだな。春からの時間を稼ぐためにも、私は君の存在を極力隠したいと考えている」
私はうなずく。
顔も知らない錬金術師がアインヴェイル王国にいるぐらいなら、アリアも時々嫌がらせをするだけになる。
「そのためにも、神殿へ入って聖女になるということは避けてもらいたい」
聖女になれば、ラーフェン王国に通じる人間が私の顔を確認するので身元がバレやすい。結果、アリアのアインヴェイル王国への報復が過激なものになるだろう。
彼女は、自分の気に入らない人間が永遠に困難の中にいることを望んでいるのだ。アインヴェイル王国人がもがいているだけならまだしも、聖女として祭り上げられる人物がいるだけでも、腹を立てて何をするかわからない。
「あの聖女やラーフェン王国が油断している間に、密かに人々を飢えさせない量を確保したい」
「そうすると、農地が今まで通りの恵みを得ている……なんて、しばらくは知られない方がいいですよね? 一部の土地では、わざと作物が育たないままにするしかありません」
長く気づかれないようにするには、証拠を見せなければならないのだ。
金銭的補償をしつつ、わざと育てたり耕作放棄する人を作らなければならないのは心苦しいけれど……。
私の話に、ディアーシュ様は「そうだな」と同意してくれた。
「ラーフェンの人間の出入りを厳しくすることで情報を極力おさえつつ、間者がそうそう情報を得られない、奥地で大量生産をするべきだろうな」
ラーフェンにアインヴェイル王国が豊かにやっていると知られないように、私達は考えを口にした。