そして最後の仕上げに
「それで、魔力はまだ足りないんだろう?」
「え? でも朝方アガサさんにもらって……」
まさかディアーシュ様、私の魔力不足を心配して来たんですか?
「そのアガサが、お前の容量としてはまだ足りないようだと言っていた。だから余裕のある人間が来ただけだ」
余裕があったからって、普通は公爵閣下が来るものですか!?
言いたいけど、言葉を飲み込む。
(たぶん、アレのせいだよね……)
私の姿が変化してしまうから。
万が一のために、ディアーシュ様は秘密を守るために自分が来ることにしたんだと思う。
「それに倒れたら、明日までに完成しないのだろう」
ディアーシュ様は痛い所を突いた。
それを言われてしまうと、私も反論はできない。
「大人しく手を出せ。さっさと終わった方がいい。そもそも何の問題があるんだ」
「…………」
私は黙って袖を少し上げて、手を差し伸べた。
ディアーシュ様もその手を握るかと思ったのだ。アガサさんに魔力を分けてもらった後だから。足すだけなら、同じようにするかと思って。
だけど。
「ディアーシュ様っ!」
ひょいと私の手を掴んで持ち上げたディアーシュ様は、またしても手首に口をつけようとした。
「早い方がいい」
平然と言われると、驚いたりしてる自分がおかしいんじゃないのかと不安になる。でもやっぱりこう、言うだけは言っておきたい。
「女性にそんなひょいひょい口づけするなんて、子供相手だと事案ですよ!」
「お前は大人だろう。……いや、そうか。お前は長い間私と手を繋いでいたいのか?」
なんて言い方を選ぶんですかこの人は!
「そういうことでは! ただ口をつける必要ないじゃないですか!」
「私も時間がない」
実に合理的な判断で、ディアーシュ様はさっさと終わらせたいらしい。
時間をとらせるのは、たしかに申し訳ない。もう一度アガサさんを呼ぶのも悪いし、ここは……。
「仕方ないです。ディアーシュ様で我慢します」
あまりのことに、私は本音が口から飛び出した。
「あ」
「…………」
ディアーシュ様は数秒黙った後、前回と同じことを実行した。
「……っ!」
やっぱりくすぐったい!
でも怒られなかったから我慢するしかない……?
とんでもない状況が二つ同時に襲ってきて、私も頭が混乱した。
だから、早々に終わったように感じたのは良かった。
はーっと息をついた私は、そそくさと手首を袖で隠しつつ思う。
「ディアーシュ様、まさか他の女性にもこんなことしてるんですか? ……って、あ」
また口から考え事が飛び出してしまった。
ディアーシュ様の方は、無表情だ。静かに否定された。
「本当の大人にはこんな真似はしない。結婚しろとか妙な騒ぎになるに決まっている」
「左様でございますか……」
まさか私ならそんな騒ぎにならないから、一番早く終わる方法選んでただけ?
そう思うと、なんだかむっとするような変な気分になる。
(なんでだろう)
さっきからディアーシュ様は、合理的判断だとしか言っていないのに。それで納得はできるのに。
もやっとした気持ちを抱えつつ、早々に去ったディアーシュ様を見送った後、急いで夕食を口に詰め込んで、作業に戻る。
魔力が全回復したのか、その後一晩の間がんばって調合を続けても、魔力不足でふらつくことはなかったのだった。
「できました!」
翌日の朝、完成品を走って見せに行くことができた。
ディアーシュ様は『精霊の眠り』を受け取って眺める。
この『精霊の眠り』は美しい紅色の結晶体のアイテムだ。
「使い方は、魔力を少しだけ込めるのだったか?」
「はい。でも……」
私は言おうと思っていたことを告げた。
「魔力の加減の問題もあります。私も行かせてください」
「ダメだ」
ディアーシュ様の表情は険しい。
「お前に戦闘能力があるか? 守る余裕が我々にあると思わない方がいい」
そう言われることは、予想済みだ。
「戦う方法はあります。これとか」
私は持ってきていた鞄から、黒い球体のアイテムを出して、ディアーシュ様の執務机に置く。
「爆弾です。爆炎魔法と同じことができます」
次に出したのは、金の筋が幾重にも入った透明な結晶。
「こちらは雷撃魔法と同じことができます」
さらに出したのは、紙で固めたような球体。
「これは周囲三十メートルの物を吹き飛ばします。あと……」
ディアーシュ様がそこで私の発言を止めた。
「こんな物をいつ作った」
「暖石を作る合間と、星の欠片を取って来ていただいている間にです」
「だから魔力がすぐ無くなりそうになるんだ。少し考えて仕事をするように」
「でもそのままだと、連れて行っていただけないと思いました」
実際にそうしようとしたディアーシュ様はうなる。
「いいんじゃないっすかね?」
そう言い出したのはカイだ。
「その爆弾もすごく役に立つっすよ。なにせあの精霊、近づくのも苦労するっすからね! どっちかっていうと、俺は身を守る物があった方が嬉しかったっすけど」
「それならこれはどうですか? 腕輪なんですけど、火の力が込められていて、干渉する魔法が持ち主に向かってくると、何度か防いでくれます」
「お、いいっすね! ください! ていうか買ってください閣下!」
カイがいい笑顔でディアーシュ様を振り返る。ディアーシュ様は長くため息をついた。
「……わかった。買ってやる。そしてリズ、お前も連れていく」
「ほんとですか!?」
即答で断られた後だったので、私は信じられないと思ってしまう。
「俺の意見を受けてくれたんっすか? 閣下!」
横から口をはさんだカイ。
「真面目に仕事をしている人間の言は受け入れるものだ」
ディアーシュ様にそう返されて、カイの頬がニヤつく。嬉しかったらしい。
「じゃあ、荷物用意するっすね!」
カイが走って部屋を出る。
そしてディアーシュ様は私に告げた。
「出発は今から三時間後だ。野営や移動に必要な荷物はカイが手配する。その他の武器や攻撃手段、衣服についての荷物は自分でまとめるように。馬に載せられないほどは持っていけないからな」
「はい、ありがとうございます!」