調合は調整が大事です
問題が起きたのは、夜中近くだ。
思ったよりも早く起こされた。
それは沈めていた隕鉄の小さな塊につく結晶の、成長が遅いせいだ。
「おそらく冬の精霊の力が影響しているせいだろう。あと気温だな」
レド様と検討した結果、合間に光を生み出す『陽光石』を作って、夜も明るく照らすことにした。
そして私の魔力を込める量を増やす。
なんとか結晶の成長が促されたので、三日目まで、同じようにして過ごしながら様子を見た。
場合によっては、もう一日調合を延長することも考えていたけど……。
錬金盤の中の物は、今度こそ順調に変化していっていた。
沈めていた隕鉄の小さな塊に、赤く染まった水晶のような結晶が付着し、だんだんと大きくなっていっている。
「あと一日」
もう一日頑張ればいい。
ただ、どうしても魔力の足りなさが体に来る。
朝からヘロヘロとしていたら、ナディアさんに心配された。
「大丈夫? ずっと一人で作業しているんでしょう? 休むわけにはいかないかもしれないけど、何か方法はない?」
「ええと……。その、誰か魔力を分けて下さる方がいれば。できれば女性で」
子供の姿だけど、中身は成人女性なんです私。
手を握り合う方法であっても、やっぱり男の人だとちょっと……。
「待ってて」
私の食事を見届けたナディアさんは、すぐに人を探しに行ってくれた。
間もなく連れて来たのは、アガサさんだ。
「アガサさん、あの、魔力大丈夫ですか? お仕事で使うのでは……」
なにせアガサさんは剣も魔法も使えるメイドさんだ。何かあった時には戦闘も行うアガサさんが、魔物や寒さに対処が必要なこの時に、魔力を譲っていて大丈夫だろうか。
「リズさんぐらいの子に分ける魔力なら、問題ありませんよ」
そう言って、アガサさんは早速魔力分けをしてくれた。
ソファに座って、じっと両手を握り合う。
余裕がある時は、手から手への移譲で魔力を与えるのが普通だ。
(ディアーシュ様みたいに、手首に口付けするようなのは、多少緊急性がある時だものね)
つい思い出してしまい、慌てて意識からディアーシュ様のことを追い出す。
合間に砂時計が鳴ったので、調合の続きをし、再びアガサさんから魔力を融通してもらう。
手から手への移譲は、とても時間がかかるし、細々としたものだ。
なので三十分ほど時間をかけ、ようやく気分がしゃきっとした。
「ありがとうございます! アガサさんは大丈夫ですか?」
お礼を言うと、アガサさんは「問題ないわ」と言ってくれたけれど、頬に手を当てて考え深そうな表情をした。
「でもリズは魔力がいっぱいにならなかったんじゃないのかしら? まだ小さいのに、すごく魔力の容量がありそうね。魔術師にだってなれるぐらいに魔力の容量が大きく感じたわ」
「え? そんなことないですよ。魔力が少なくて、魔法もあまり大きなものは使えないぐらいですから」
そのせいで、魔術もろくに使えないと継母には嫌味を言われ、アリアに馬鹿にされ、魔力が少なくても大丈夫な錬金術を学ぶことにしたのだから。
それに少ないから、体の時を戻す魔法に魔力がとられて、すぐ枯渇しそうになると思うんです。
「そうかしら……?」
まだ納得しきれないようだったけれど、アガサさんはナディアさんと一緒に、公爵邸の本館へ戻って行った。
私は調合の続ぎをする。
「今日で終わり、今日で終わり……」
もう、細かな調整も大丈夫だろうというので、今日はレド様を呼ばずに過ごすつもりだった。
毎日魔王様に自分の代わりに錬金術調合をさせるとか、申し訳なくて……。
子供になっている身だから不安があったし、きっちりと成功させたいから昨日まではありがたく援助を受け入れていたけど。
最終日ぐらいは、自分の力でがんばりたい。
昼が過ぎ、夜が近づく。
もうすでに疲労感が背中に貼りついているみたいだったけど、明日の朝までは大丈夫なはず。
そういえば、もうそろそろ夕食の時間だ。
アガサさんにも悪いし、ナディアさんの前では元気に振る舞えるようにしよう。
そう思って待機していたら――扉を開けて誰かが建物に入って来た。
その人物は作業部屋に入らず、隣の部屋に行ってしまった。ナディアさんではなさそうだ。
けれど行ってみて、そこにいたのがディアーシュ様だったことに、私は目を丸くする。
「え、ディアーシュ様が、どうして」
「食事を運ぶ当番を代わった。ついでに進捗を確認するつもりだ」
説明するディアーシュ様は、シャツや藍色の上着は着ているものの、その上に羽織っているのはどう考えても室内用の毛織のカーディガンだ。
裾長だけど、外を通って来るのには寒い格好だと思うのだ。
ちらっと窓を見れば、雪がちらついている。
でも本人は、寒そうな態度など一つも見せない。……あ、そうか。ディアーシュ様も『温石』使っているんだ。
「で、どうなんだ?」
せっかちなディアーシュ様は、調合の様子をお尋ねになった。
「順調です。明日の朝には予定通りにできていると思います」
「そうか」
答えを聞いたら帰るかと思いきや、そうではなかった。