旅立つ人のために
「私の他に数人だけ連れて行く。遅くとも三日もあれば行って戻って来られるだろう」
「ディアーシュ様が行くんですか!?」
「魔物への対応を万全にして、急ぐとなれば私が行くのが最適だ」
ディアーシュ様の返答に、「それはそうだと思いますが……」としか言いようがない。
「では出発する」
立ち上がって即退室しようとしたディアーシュ様を慌てて引き留めた。
「待ってくださいディアーシュ様!」
「何か問題があるのか?」
「あります! たくさん! まず精霊は氷魔法で近くに壁を作ったりして周囲を囲んでください。それで多少、精霊が暴れなくなって周囲への影響が弱まるのだそうです。時間が稼げると思います」
最初に対策を話す。
「そして私、星の欠片を効率的に集めるアイテムを作ります!」
必要な物があると話し、待ってもらう。
「一時間で作ります。なので、絶対待っていてください!」
私は急いで作業場へ走った。
必要なのは、『星の音叉』だ。
「ていうか、星の欠片以外の素材があるとは思わなかった……」
魔王様に素材を聞いた時、これは精霊が力を失うまで待つしかないのでは? と私は思っていたのだ。
なにせどっちも希少な素材なので、私も名前を聞いたことがあっただけだ。
むしろ素材が揃った時の調合で、ものすごく緊張しそう。失敗したくないので、レド様に側にいてもらって、指導を受けてやるつもりだけど。
すでにあるらしい素材二つに比べると、星の欠片は手に入りやすい範囲の品だ。
この吹雪と寒さの中でなければ。
「山の中で凍死しないように、『暖石』と『温石』どっちも持って行ってもらわないと」
移動中も、野営中も凍死の危険と隣り合わせすぎる。
そして凍死を避けるためにも、時間を短縮するためにも、『星の音叉』は必要だ。
作業場へ駆け込んで『暖石』をさらりとなでるようにして起動させ、部屋を暖めたらすぐ作業だ。
「作り方は『大地の音叉』と一緒……」
基本となる『大地の音叉』は、鉱石の種類を判定できる品だ。
石を割ったりしないと見分けがつかないものも、そんなことをしなくても音の変化で判別可能。
それどころか、岩山の近くでならせば、どの岩に必要な鉱石が入っていそうか、なんてことがわかる。
適当な金属の棒……確か金属の粉が欲しくて頼んだ物が……あった。
二本の金属の棒の下に、インクで魔力図を描いた紙を置いて錬金盤の上に置く。
魔力を込めると、紙の魔力図がふわっと光になって浮き上がり、金属の棒に絡んだ。
今度は二本を、魔力を使って半分だけねじるようにして絡ませ、二股のフォークの形にする。
少し力がいるけれど、なんとかできた。
あとは、銀の粉を溶かした水を水盤に入れて、そこに音叉を沈める。
上に魔力図を描いた紙を乗せ、魔力を流し――紙を取り除くと、銀色に変わった音叉ができていた。
持ち手のねじって絡めた部分に、革紐を巻いて完成だ。
「できた!」
作業台の端をちょんと叩いて音を確認。
フォン、と空気が揺れて歌うような音が響く。実験のために出しておいた、隕鉄の欠片がふんわり赤い光を帯びて、また元の鉄灰色に戻る。
「よし」
私は作ったそれを、急いでディアーシュ様に届けようとしたのだけど。
先に本人が、作業場を訪れていた。
「できたのか」
ノックの音に戸外へ出ると、雪がちらつく中、旅装を整えたディアーシュ様がいた。
本当に、すぐ出発するらしい。
「これを持って行ってください。何か固い物に軽くぶつけると音が出て、星の欠片が銀色に光るはずです。銀色以外の色だと、星の欠片ではない鉱石です」
「わかった。有難く持って行く」
受け取ったディアーシュ様は、星の音叉を受け取る。
それだけでなく、音叉を差し出した後で降ろそうとした私の手首を、左手で捕まえた。
「あの……」
「無理はしないように。その姿の時を普通の子供として考えるなら、魔力を枯渇させるのは大人よりも危険だ。体が耐えきれないことも多い。死なないようにして待て」
そう私に命じたディアーシュ様は、私の答えを聞かずに立ち去ってしまう。
私はしばらく、彼の遠ざかる背中を見送った。
見えなくなった後で、ぽつりとつぶやいてしまう。
「気を付けてって言おうと思ったのに」
魔物がいる冬山に行くなんて、大変なことだ。しかも雪がふりしきる中ならなおさら。だから出発の時は声をかけたかったのだけど。
ディアーシュ様の行動で、言いそびれてしまった。
だけど。
「むしろ大丈夫な気がする」
ディアーシュ様らしいというか。そもそも自信があるから、さっさと出発したのだろう。