幕間 その聖女は笑う
彼女は、今日も我がままだった。
「なんだか寒くなって来たわね。どうして秋なんてものがあるのかしら」
季節が少しずつ移り変わり、夏はもう遠くなりつつある。
朝晩は肌寒いというのに、気に入っていたらしい聖女の夏の装束を着ている聖女アリアは、不機嫌そうに表情を歪めていた。
夕闇の中、黒い小鳥の姿を通して見ていたサリアンはじっとそれを見ていた。
彼は今、自室にいる。
部屋に控えているメイドや従者からは、本を読んでいるように見えるだろう。
でも魔法で黒い小鳥と視界を繋げ、相手の様子を見ているのだ。
不機嫌なアリアに、側に控えていた三十代の神官が言う。
「冬が近づいておりますゆえ。冬の精霊が力を増しているのでしょう」
この男はアリアにおべっかを使うことで、側に置かれるようになった男だ。露出の多い服を好むアリアを見て楽しむのと同時に、その権力のおこぼれをも狙っているらしい。
「えええ、冬の精霊が!? めんどうね」
「冬になると、冬の精霊が天から降りてまいります。そうして地上に雪を降らせると言われておりますが……。きっとアリア様のお側にいたいがために、いち早く降りて来てしまったのでしょうな」
はっはっはと笑う神官。
アリアの方はなにかを考え込むように、親指の爪を噛んだ。
「そういえば冬の精霊って聞いた覚えが……。ああ、あそこにいたわね」
アリアは神殿にある自室の露台に出る。
そこは小さな庭かというほど広く、草花まで植えられていた。
アリアは花を避けることもなく踏んでいき、露台の端にある青いガラスの箱を開けた。
「こいつのせいで余計に寒いんだわ、きっと」
中に手を突っ込んで摘まみ出したのは、アリアの手のひらほどの大きさの人の姿。
きらきらと西日に煌めく結晶をまとわりつかせた、青白い肌と髪の小人のような存在が外に出たとたん、さっと周囲の気温が下がる。
「夏の間、この部屋周辺が涼しくなったのはあなたのおかげだけど、今度は寒いのよ」
――ク……クルルル
喉が締め上げられた鳥のような声がした。精霊のうめきだ。
精霊は夏の暑さの中でもあの青いガラスの箱に閉じ込められ続けたのかもしれない。小さく、そしてあちこちにひび割れができて、ボロボロになっていた。
「冬になったらもういらないわ。でもどうやって始末しようかしら」
アリアは摘まんだ精霊を、石床に放り投げた。
精霊は石床の上で一度弾んで、力なく横たわる。
そんなアリアに、周囲に浮かんでいた光の粒がまたたく。
何かを話しているようだ。
「このままじゃ爆発する? 面倒ね精霊って。それじゃ捨てられないじゃない……」
文句を言ったところで、なにかを思いついたようだ。
「そうだわ。あそこへ運べばいい」
アリアは赤い紅を塗った唇を笑みの形に変える。
「風の精霊、それをアインヴェイルの王都に投げ込んできてちょうだい」
命じたとたん、強い風が吹いた。
死にかけた冬の精霊がふわりと持ち上がり、強い風が駆け抜けるとその姿を消していた。
「あの冷酷公爵も、私に逆らったことを泣いて後悔したらいいんだわ」
アリアは笑う。
「……あの精霊で、アインヴェイル王国に災厄がふりかかればいいと思ったんだな」
そうわかったサリアンは、鳥と視界を共有していた魔法を解く。
立ち上がって、メイドと従者に命じた。
「少し休みたいんだ。メイドはお茶を用意して。君は呼ぶまで部屋を出ていてくれないか?」
二人はサリアンの言う通りに動き、部屋の中は静かになった。
そしてサリアンは夕闇の部屋で一人つぶやく。
「彼女を守ってやって……レド」