まずは食事でしょう
「とにかく食事にしましょう。少し待っていてね」
そう言って、アガサさんは戸口に出て、すぐ側にいたらしい誰かに食事を運んでくれるように頼んでいた。
(外に人……。見張りかな)
私は不審者でしかないし。
たぶん子供の姿になっていたから、こうして優しくしてもらえているだけ。
(サリアン殿下、ほんっとうにありがとうございます!)
心の中で感謝する。
幸運が殿下に降り注ぎますように……。サリアン殿下は私の恩人だ。
つややかな金の髪に青い瞳のサリアン殿下は、天使のようにかわいい男の子だ。
姉のように慕ってくれた姿を思い出すだけで、心がぽかぽかとしてくる。
そういえば今の私は、サリアン殿下と同じくらいに見えるはずだけど……。
ふと、木の寝台から少し離れた場所に姿見を見つけた。
「あの、鏡を見てもいいですか?」
「もちろんよ! 立てる?」
アガサさんに気遣われつつ、そしてちょっと大きなスリッパを貸してもらって鏡の前に立った。
あ、髪は洗ってあったみたい。
すっかり元の桜色がかった髪に戻ってる。
そして後ろに立つアガサさんを指標にして考えると、水たまりで確認した通り、サリアン殿下と同じぐらいの年齢で間違いない感じだ。
ちっちゃい子供というわけではないけど、ようやく少女という感じになった顔の幼さ、目の大きさだ。体も細い。
12歳だと言えば、信じてくれるだろう。
でもこれなら……ラーフェン王国のニセ聖女とは言われないと思う。
なにせ、明らかに年齢が違う。
17歳と言っても、誰も信じないだろう。頭のおかしい子供だと言われかねない。
だとしたら、どう説明しよう。追われてた理由とか聞かれるよね。
うーん。
聖女の付き人だったとか、そういうのならどうかな。
見習い神官の女の子が、付き添い役とかになることはあるし。聖女と仲が良かったから、自分も疑われて殺されそうになったけど、聖女に逃がしてもらって……。
でも結局、自分を殺そうとした王国の兵士に追いつかれそうになっていた。
とかならどうだろう?
悪くない設定に思える。
とりあえず、ずっと黙って自分を見ているのもおかしいので、アガサさんに話しかけた。
「あの、ここはどこでしょうか」
「国境にある砦よ」
やっぱり砦の中だった!
でもアインヴェイル王国の中に入れたのだから、ラーフェン王国の人間に殺されることだけはなくなった。
あとは、上手くさっきの説明をして……。
たとえ孤児院に送られたとしても、生きていればなんとかなる。細々と錬金術で暮らすって手もあるんだし。
と、そこでアガサさんが暖炉に近寄った。
「あらあら。消えそうになっていたわ」
暖炉の炎が消えかかっていたらしい。アガサさんは薪に手を近づけ、魔法で火を大きくして、さらに薪を足した。
(…………?)
この時、妙な違和感があったのだけど、私は気づかなかったのだった。
やがて食事が来た。
丸いパンとポタージュスープにチキン。
塩加減もなかなかいい。
だけど緊張を強いられて、ほとんど食べない期間があったせいか、お肉をたべきれなかった。
食がすすまなくて困っていたら、察したアガサさんが下げてくれた。
「リズには多かったわね。お腹は一杯になった?」
「はい、十分にいただきました」
これ以上食べたら消化できなくなりそうなぐらいに。
「では、公爵閣下がお呼びになっていたので、行きましょう」
「は、はい……」
私はつばを飲み込む。
いよいよ冷酷公爵様と話すのだ。
さっき考えた設定を脳内で繰り返しながら、アガサさんについていく。
廊下は砦らしく、床も壁も四角い石が剥き出しで、窓が端にあるだけなので暗い。
一定間隔で壁に燭台が設置されていて、火がゆらめいている。
そんな中を、てくてく歩くと、すぐに公爵閣下がいる部屋に到着した。
同じ階の、四つ隣の部屋だった。
(見知らぬ人間を入れる部屋にしては、公爵様の居場所に近すぎるけど……。子供の姿だからよね)
ただし子供の暗殺者がいないわけじゃない。追いかけられているのすら演技だったとしても、とうてい私が公爵様に敵うとは思えなかったに違いないけど。
こんなことを考えているのも、緊張しきっているからだ。
まだ現実逃避していたいけど、アガサさんが扉をノックした。
「アガサでございます。拾った少女を連れてきました」
その声に応じるように、小さく扉が開かれる。