精霊の傷のための薬
「消滅」
そこまで!?
と思いつつ何も言えなかったのは、空間魔力量の話をされたからだ。
大量の魔力を込めた物、それは火薬に似ていると思う。火をつけたら、すぐに爆発する。周囲を巻き込んで。
それが簡単に想像できたからこそ、反論はできなかった。
「だから、普通ならば遠ざかるしかない。精霊が力尽きるその時まで。魔法使いや騎士では、精霊の魔力の器を壊して暴発させるだけだからね」
「それ以外に方法はありませんか? 魔王様なら何かいい案があったり……」
「ふむ。ないわけではない」
「え、あるんですか?」
「材料を集めるのが少々厄介だがな。一応教えておいてやるが」
そう言って、レド様は方法を教えてくれた。
私はそれをメモした。
そんな私を見て、レド様がぽつりと言う。
「こういう精霊の魔力を削るアイテムを使うのが一番だな。これは薬を調合した後ででも、検討したらいい」
「そうですね……」
私はうなずく。
メモした素材が、すぐに手に入りにくい品ばかりだ。作れるかどうかもわからないのだ。
とりあえずは傷薬が必要だ。すぐに薬の方の調合にとりかかった。
傷薬も、作るのは大変だった。
なにせリズの魔力を吸う。
魔力で精霊の魔力を打ち消そうとするだけあって、想像以上に魔力が必要だったのだ。
人数分よりも多めに作ったのは、ディアーシュ様は後続と一緒に戻って来ると聞いたからだ。そっちにも怪我人がいるはずなので、余分に作って置いた方がいいという判断だったけど。
「ちょっと、作り過ぎたかな?」
ヘロヘロになりながら、出来上がった薄赤色の薬を見る。
錬金盤の上、魔力図を鉱石インクで描いたガラスの器の中で、ゼリー状の薬がふるふるとしている。
うっすらと輝いているように見えるのは、魔力がたくさん込められているせいだろう。
「まずはみんなを治さないと」
薄く傷がふさがっただけでは、いつまた開いてしまうかわからない。
現地からここまで、血を流しすぎた人は、それが決定打になって亡くなる可能性だってある。
ふらつきそうだったので、私は自分の頬を一回たたいてしゃっきりしてから、器の薬をいくつかの瓶に移し、三つほど残して持っていく。
怪我人のいる広間は、さっきよりも落ち着いた雰囲気だった。
ひとまず山を越えたことで、怪我人も看病をするメイド達や仲間の兵士達もほっとしているらしい。
私はゴラールさんを探した。
近くにいた兵士に話しかけると、すぐに近くの部屋で休憩をとっていたゴラールさんがやってきた。
「薬ができたって?」
「はい。精霊の傷は精霊の魔力が残っていて、怪我の治りを悪くするみたいなので、その対策をした薬を……」
「よっしゃでかした!」
ゴラールさんがガッハッハと笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「やっぱお師匠さんはすごい奴だな! って、ところでこの薬の金は公爵家から出るのか?」
後半はやけに不安そうな表情で聞かれた。
まぁ、気になりますよね。
薬ができたー! やったー! 使ったー! ってところで、お代はどこから? ってなった時に、使用許可を出したゴラールさんが責任をとることになるかもしれない。
だから私の方で、ディアーシュ様に交渉するからと伝えようとしたのだけど。
「私がリズに払う。好きに使え」
右手側から響きのいい声が聞こえて、はっと振り向く。
そこにいたのはディアーシュ様だ。
自分と同じくらいに体格のいい兵士に肩を貸しているので、他の怪我人を連れて来たようだ。
「わかりました」
即答えたのはゴラールさんだ。
「で、お師匠さん。この薬の使い方は?」
「塗る時に、また魔力を込めながらでお願いします」
「わかった。おい、誰か閣下の連れて来た新しい怪我人を寝かせてやってくれ」
ゴラールさんは処方の仕方を聞くと、薬を受け取る。
ディアーシュ様は駆け寄って来たメイドと兵士に怪我人を引き渡し、私とゴラールさんは薬を使う方に駆け回る。
うん、駆け回った。
結果的に、広間の中に二十人もの怪我人が寝かされていたので、彼らに薬を塗っては次の人のところへと移動するのに、駆け足になったから。
忙しくしているせいで、感覚がおかしくなっていたんだと思う。
最後の一人に薬を塗り終わり、ゴラールさんに熱さましが必要になるかもしれないとか、塗った患部が熱を持ったら冷やしてほしいと頼んだところで、足がもつれた。
どすんとその場にしりもちをついてしまう。
「おい大丈夫かお師匠」
慌てるゴラールさんの横から、手伝いに来ていたナディアさんが手を伸ばし、私を立ち上がらせようとしてくれる。
「ありがとうございます、ナディアさん」
そう言ったものの、なんだか足が震えて力が入らない。
「あ、これ、マズイ……」
「なんだお師匠。どうした?」
「たぶん、魔力が」
使いすぎた。気づいたらめまいがする。
くらっとしたところで、誰かに抱え上げられた。
「コレは私が回収していく。怪我人のことは任せた」
ディアーシュ様だ。