事態の急変
王家は大人数を動員して、魔物の討伐をかねて探索をさせていた。
王都から少し離れた場所までは確認できたらしい。
王都より南西の方がより寒いということで、そちら側にある町や村を拠点にさらに探索を進めて、寒さの原因がある場所をつきとめつつあるのだとか。
それを受けて、つい二日前に、王家は騎士団を想定地域へ派遣した。
私がここまで詳しく知っているのは、ディアーシュ様も派遣部隊に参加したからだ。
朝食や夕食の時、ディアーシュ様は探索状況で知っていることを私に話してくれていた。
たぶん、子供との会話内容に困った末だと思うのだけど……。
家令のオイゲンは、私のことを気遣ってかおろおろと視線をさまよわせていた。いくらなんでも、子供との会話がこれでは……と思ったらしい。
でもディアーシュ様が、子供が好む本を読んでその話をするとか、女の子が好きそうなお菓子やら服やらの話なんてするわけがないし。
私もそんな話をされても困るので、これで問題はないのだ。
おかげで今の状況もわかって助かっていた。
そうしてディアーシュ様不在の間も、私はせっせと暖石と魔力石を作っていた。
けれど翌日、急に寒さが強くなった。
「雪が……」
ちらちらっと空から降ってきて、伸ばした手の平に落ちてひやっとした冷たさを残して溶ける。
「このままさらに寒くなったら、どうしよう」
ある程度暖石と温石を売ったり配ったりしたはずだけど、まだそんなに多くはないはず。
石が出回ったおかげで、市場の薪の値段は激しく高騰していないらしい。だからしばらくは大丈夫だと思うけど。
また寒さが厳しくなったら……。
人々は早回しに冬支度をしている。でも急なことだったから、二週間そこそこの間では完全に終えているわけじゃないのだ。
不安に心が揺れると、ふっと王都にはいないディアーシュ様のことを思い出した。
冷酷な判断を下せる人だけど、全ては守りたい物のため。
そんなディアーシュ様を見ていると、なんとなく自分も、どっしりとした土台が足元にあるような気分になれるのだ。
「安心する……のかな?」
重石があることで、安定するような、そんな感じ。
だけど言葉にすると、なんだか気恥ずかしい。異性のディアーシュ様が側にいると安心するだなんて……ねぇ?
なんてことを考えていられたのは、その日までだった。
――次の日、公爵邸に負傷者が運び込まれるまで。
「誰か包帯を!」
「お湯も水もたくさん!」
「エントランスである程度の処置をしている間に、場所を整えて!」
私が騒ぎに気づいた時には、公爵邸のエントランスは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
外から声が聞こえて、人が行き交う姿に、ディアーシュ様が帰って来たにしてはおかしい……と思ったら。たくさんの怪我人が運び込まれていた。
一度は応急処置がされたのか、包帯が巻かれているのがわかる。
けれど無理を押してここまで連れて来たせいなのか、傷が開いたかふさがらずに血が滲んで真っ赤になっている人も少なくない。
「アガサさん、どうしたんですか!?」
中央階段を駆け下りて、すぐ近くにいたアガサさんに話しかける。
他のメイド達への指示が終わったところを見計らったので、すぐにアガサさんは振り返ってくれた。
「ああ、リズさん。ちょうどよいところに。公爵閣下が参加していた騎士団の一隊が、冬の精霊と行き会ってしまったそうなんです」
「冬の精霊が!?」
アインヴェイル王国にまだ精霊がいたのかという驚きと同時に、精霊に襲われたということに私はびっくりする。
「精霊に攻撃をしたのですか?」
アガサさんは首を横に振った。
「この寒さの原因が、どうも精霊のようなのです。公爵閣下によると、壊れかけの精霊だということで、すでに自我もない状態だと……」
困ったようなアガサさんの表情から、彼女も伝言で聞いたのだとわかる。
とにかく自我がないから、寒さを無制限に振りまいたせいで周辺の気候まで変え、近づく騎士達を攻撃したらしい。
(それにしても、壊れかけの精霊?)
私は目を丸くするしかない。
そんなことってあるのか。というか精霊が壊れるって寿命があるの? 戦って倒すおとぎ話は聞いたことがあるけど……。
「それで、薬って持っているかしら? 公爵家で備蓄のある薬を使っているのだけど、精霊の傷は治りが悪いみたいで」
薬には魔力が込められている。
特に傷薬などは、血止めだけならすぐに効果を現すのだけど、今回の傷には効きが悪いらしい。現地の手当では間に合わないと判断し、ここへ連れて来たそうだ。
「精霊の傷……に効くかわかりませんが、用意して来ます。少し待っていてください」