魔王様暖房が欲しいです
「ひと段落したか?」
「ひっ!」
飛び上がるほど驚いた。
振り返るとそこに、ディアーシュ様がいらっしゃったけど心臓に悪すぎ!
「び、びっくりさせないでください」
まだ心臓がばくばく言ってますよ!?
「悪かった。何度か声をかけたのだが、集中していたようだな」
「それはすみませんでした」
最後の方、紙を魔力で熱したりするあたりとか、本当に気を使うので、そのせいで気づかなかったのかもしれない。
「謝らなくともいい。で、何を作っていたのだ?」
「爆弾です」
「爆弾? 魔法ではなく?」
魔法には、着弾地点で爆発するものがある。ディアーシュ様が想像したのはそれだろう。
「ほぼ近い物を、錬金術で作れるのです。投げる人間の腕が必要にはなりますが」
あんまり近くに落ちると、自分も巻き込まれてしまうからだ。
私もこれを使う前に、一度投げる練習をしなくてはと思っている。大怪我したくないもの。
「なるほど。それは売る気はあるのか?」
「買っていただけるのなら」
材料さえあれば自分でいくらでも作れるわけだし、買ってもらえるなら生産します。
「いくらだ?」
すぐにこちらに「いくらなら売れるか?」を聞いてくれる。いいお客だと思うし、話が早い。さすがディアーシュ様だ。
「一個二百……いえ、材料はいただいた物なので、百で」
その辺りが適正価格だと思う。
「魔力石よりいいな。まず五つもらって行っていいか? 使わせてみて、いいようならまた頼む」
「わかりました」
うなずくと、ディアーシュ様が近くにあった紙に自分が買い取る旨と買い取り値を記載してサインを入れた。それを私に渡してくれる。
こちらは五つ、瓶を渡して取引は終了した。
その夜、私はさっそくレド様を呼び出した。
「暖房だって?」
「寒いのです」
私の単純明快な説明に、猫姿の魔王はポカーンとした後、くっくっくと笑い出した。
「まぁ、寒いのは辛いだろうな。我と違って、君達は自分の体温を外的要因によって保存したり足したりするしかない」
魔王は自分で自分の体を寒さ暑さから魔力で守っているんだろうか。
「そうですよね、レド様が暑さに負けて水風呂と甘瓜や氷菓子を食べてる姿とか、想像つきませんもん」
この猫姿なら、あってもおかしくはないけど。本体は人間の姿だろうし。
「君はそんな想像をしていたのか……?」
魔王が困惑しているようだ。まさか魔王が夏を満喫する姿を想像されるとは思わなかったらしい。
いや、ちらっとは脳裏によぎるでしょ?
「海水浴とかしないでしょう? ていうか、本来の姿は猫じゃないんですよね? ……おじいさんなんですか?」
魔王って何歳なんだろうと思いながら言うと、魔王がぶすっとした顔をする。
「外見は永遠に若いままでいられる。年は想像に任せるが。魔王という存在が千年より前からあることは知らんのか?」
「千年前からですか!」
私は素直に驚いた。
この世界の人生はせいぜい六十年。
それでもご長寿な人が七十歳とか言っていたのを見たことがあるから、百歳ぐらいだったら想像できるけど。
「なんていうか、錬金術の知識が深い理由がわかった気がします。さすが魔王ですね!」
それだけ生きてたら、さぞかし勉強や知識吸収の時間がたくさんあっただろう。
素直に感心されたせいか、魔王がちょっと照れたようにそっぽをむいた。
「で、暖房か?」
「はい。まだ秋なのに急に寒くなったのです。精霊がいなくなったせいで気候がおかしくなったのかなと。精霊のことは私にはどうしようもないので、とにかく暖房か寒さを緩和できるアイテムを作れないかなと思いまして」
「うーん」
猫姿で魔王が顎に手をやり、首をかしげた。
「精霊がいなくなって……か? まぁ人間は寒いと思考も指先の動きもままならないからな。いいだろう、君にとっておきのレシピを教えよう」
「やった! ありがとうございます!」
大喜びする私に、魔王が照れたように頭をかきつつ、レシピを思い出してくれた。
「ええと確か……太陽光が必要だ。朝日がいいだろう」
「朝日っと」
私はさっそくメモをする。
「魔力図は……書いてやろう」
魔王が書く物をよこせと手を伸ばしてきたので、持っていた木炭のペンを渡す。
両手で抱きしめるように、魔王は紙に魔力図を描いてくれた。それほど複雑ではないようだ。
「使うのは瑪瑙だな。赤であることが必須だ。あと金箔、水晶……」
材料と、調合の仕方を教えてもらい、私は魔王に頭を下げた。
「ほんっとうにありがとうございます! まずは作ってみて、どれくらいの部屋ならちょうどいいのか調べて、アインヴェイル王国中の家を全部温かくします!」
買える人間だけが温かく過ごせるのでは、凍死者が大量に出ることに変わりない。
せめて小さな部屋ぐらいは暖められたら、そこでしのぐことだって可能だ。
だから安価な物も用意しなくては。小さい物が、どれだけの暖房能力を持っているのか検証の必要もある。
「ああ、なんだかわくわくしてきたなぁ」
これができたら、きっと自分も嬉しくなるはず。
錬金術で役立つ物が出来上がると、昔、何もできずに泣くしかなかった自分が慰められる気がするのだ。
今の私は、あんなことがあっても大丈夫。
同じような思いをしている人達を、助けられる物だって作れるのだ、と。
「君は錬金術が、好きなんだな」
そう感想を口にした魔王は、苦笑いしているように見える。呆れたのかな?
「はい好きです! 自分がやりたかったことを全部叶えられるんですから」
薬も、魔物を退治するための武器も、お金を稼ぐことも全部。こんなに素晴らしい物はない。魔力が強くなくたっていいのも高評価だ。
「そういえば、なんでレド様は錬金術に詳しいんですか? 魔王だから、全部ちゃっちゃと魔法で解決できそうなのに」
別に錬金術を学ぶ必要なんてなかったはず。
「趣味みたいなものだ」
レド様はにやっと笑ったのだった。