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公爵邸の外へお出かけします2

 私は海へ行ったことがないので、まだ見たことがないけれど、傘みたいな形でたくさん足が生えた魔物や、魚そのものといった姿の魔物、海に泳ぐ蛇など色々いるらしい。


 今は魔力石が出回っているから、そういった魔物を倒しに行くことはできるだろう。

 とはいっても、魔力石はそこそこ値が張る。かかる費用と売り上げのバランスがとれるなら、出漁する人もいるだろうけど……。


 もう少し使いやすい攻撃系のアイテムがあれば、漁にも出やすくなるかな?

 魔物を追い払えれば、戦わなくて済むのだし。


「うちの子も、魚がとても好きだったわ」


 ひとりごとのように懐かしむ声音でこぼれたナディアさんの言葉を、私は心の中で復唱する。


 好きだった。過去形?

 というかうちの子というと、ナディアさんは子持ちでいらっしゃった?


(あ、だからアガサさんに私のこと任されたのかも)


 ナディアさんの子供なら私よりずっと小さいだろうけど、子供の扱いに慣れている人間に任せようと思うなら、子持ちだった人に頼むのが一番だ。


「私、夫や子供……それどころか村の人全員を亡くしているの。魔法が使えなくなってすぐのことよ。あの時、みんながそれに気づいたばかりで、戸惑っていた」


 だから魔物への対応が遅れてしまった。


「私は何年か前からここに勤めていて、夫も子供も王都に住んでいた。だけど運悪く、夫と子供だけで故郷の村に用事で帰っていた時で……」


 ナディアさんが辛そうに表情をゆがめた。


「王都に近かったこともあって、公爵閣下が助けに行ってくれたらしいの。あの方は素っ気ないけれど、働いている人間にはとても心を砕いて下さる人だから。でもその時にはもう、どうにもならなかった。ショックで落ち込んだ私を、アガサ様もなぐさめてくれたわ」


 ナディアさんがアガサさんについて教えてくれる。


「アガサ様は、公爵閣下のお父上の代からいる人なのよ。メイド長なのだけど、ほとんど公爵閣下のお世話に回っているから、あなたのことを私に頼んだのだけど。そもそもは、騎士になることを止めてメイドになった人なのよ」


 なるほど、時々しかアガサさんに会わないなと思ったら、アガサさんがメイド長だったのか。

 剣も使えると言っていたし、「メイドがそこまでできるの!?」と思ったけど、騎士を目指していた人ならなるほど、という感じだ。


 それにしても、ナディアさんがそんな辛い思いをしていたとは……。

 アリアがラーフェン王国に移動してから、もう二ヵ月が経つ。


 だからこそ、まだアインヴェイル王国は致命的なほど痛手を負ってはいないけど、精霊が去ったとたんに、ナディアさんのような人が出ているのだと思うと、心が痛い。


 ……全てを失ったばかりのナディアさんは、まだ辛いはず。


 笑顔でいるのは、空元気なのだろうか。でもそれができるほど、強い人なんだと思う。

 話を終えたナディアさんが、笑顔を見せてくれる。


「私、とにかく仕事をして気持ちをまぎらわせようとしていたわ。一人で悲しんでいると、もう動けなくなりそうだったから。それでもまだ物足りないなと思っていたら、あなたのことを頼まれたわ。きっと子供の面倒をみたら少し気持ちが和らぐと思ったのかも」


 ナディアさんが「それで正解だったわ」と言ってくれる。


「あなたはこの国の人ではないのに、一生懸命がんばってくれていた。殺されそうになっても諦めないでいるのを見て、私も悲しんでばかりではいられないと思えたわ。だから、ありがとう。ずっとそれを話したかった」


 ナディアさんがお礼を言ってくれたけど、私はどう返すべきなのか。

 戸惑っていると、ふいに冷たい風が吹いた。


「あら」


 ナディアさんも腕をさする。


「やけに寒い風だったわね。まだ完全な冬には遠いのに。早めに帰りましょうか」


 言われて、私もナディアさんも上着がなかったので早々に帰ることにした。

 とりあえず異国の街並みを見られただけでも良かった。


 その日の夕食は魚で、とても美味しかった。

 私が町で魚に興味を引かれていたことを、ナディアさんが話したのだろうか。


 ディアーシュ様は今日は同席しなかった。

 王都周辺の見回りで忙しいらしく、一人での食事になったけれど、代わりにナディアさんがまた色々と話をしてくれた。


 その夜はやっぱり寒かった。

 公爵邸の人達は、急に冬が来たのだろうかと、不安そうな表情をしていたのだった。

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