公爵邸の外へお出かけします
その数日後、ナディアさんが外を歩かない? と外出にさそってくれた。
今までそう言われたことがなかったので、私はハッとする。
そうだ。
私、まだ一回もこの公爵邸から出たことがない。
魔力石作るのに忙しかったり、作り方を教えたりで忙しかったから、すっかりそういう考えが頭の中からなくなっていた。
そもそも私、観光や移住で自主的に来たわけじゃないんで、なんかこう、町の中を見てみよう! という気持ちにならなかった。
せっかく保護してくれるんだし……と、箱庭でぬくぬくとしていたのだ。
きっと、殺されかけたりしたことが、思ったよりも心の重荷になっていたのだと思う。
おかしなことしちゃったかな?
子供だったら外へ出たがるかも?
でも牢屋行きからの抹殺コース体験後なら、問題ないかも? いや、もっと怯えているべきだったか……すべては後の祭りだ。
でもせっかく誘ってくれたけど、ディアーシュ様が何と言うだろうか。
私の身の安全のこともあって、この公爵邸に住み続けるようにって言っていたわけだし。
魔物のせいで人の気持ちも鬱屈しているだろうから、きっと治安も悪いだろう……ナディアさんも以前は、治安が良くないとは言っていたのだ。
「治安、大丈夫なんでしょうか?」
気になって尋ねると、ナディアさんんが明るい表情で答えてくれた。
「あなたのおかげよ」
「私ですか?」
「ええ。魔力石の作り手が増えたから、今王国の騎士団が周囲の魔物の討伐に出始めているの。おかげで隣町への馬車も出やすくなったし、その護衛も魔力石の購入ができたそうよ」
私が作ってディアーシュ様に買っていただいた分と、私が教えた薬師達が作った分の三割は王家が買い取ることになっている。
残りは自由に売っていい。
ただし価格は王家の決めた値段で、という条件はつくものの、仕事に困っていた薬師達にはとても割のいい仕事でもある。
そうして作られた魔力石が王国騎士団以外にも行き渡り始めたので、王都の人々の動きが活発になり、空気が変わったのに違いない。
私は早速、ディアーシュ様に外出のお願いをすることにした。
ディアーシュ様は王都の外に出られたようで不在だったけど、すでに家令に外出について知らせていたようで、特に問題なく許可をもらった。
ただし護衛つきで。
なにせ魔力石以外の錬金術の知識について、知っているのは私だけだ。
私が失われると、他にも有用な物が作れるかもしれないのに、知識ごと失われてしまう。それはまずいと考えたのだと思う。
側に騎士が一人ついた。
カイだ。彼は自分も買い食いしつつ、でも油断なく目を光らせていた。
そして離れた場所から三人。待たせる馬車にも御者と従者の他に三人。
手厚いなぁ。こんなに手厚い警護をされるのって、ラーフェン王国で聖女として視察に出た時以来では?
しかもあの時は儀礼的に配置されていた騎士や兵士だったけど、今回は心底私のことを心配してくれている。
みんな口々に言うのだ。
「出身の村が王都の外にあるので、心配していました。なんとかしのいでいるとわかって本当に感謝しております」
騎士は一代のみの爵位だし、貴族ばかりがなるようなものではない。
特にディアーシュ様は生え抜きの騎士を公爵家で抱えることが多いようで、出身も様々。取り立ててもらった分だけ忠誠心も高いみたいだ。
……などという可愛くない思考は、表に出さないように気をつける。
十二歳の子供がこんな風に裏を考えていると知ったら嫌だろう。
特にみんな、私がちょっと知識が豊富な子供で、右も左もわからずディアーシュ様に庇護されていると思っているから。
いや、そうであってほしいんだけどね。
警戒されないために、子供でいたいのだし。
……ただ最近、ちょっと不満もある。
子供であることに慣れて来るのと一緒に、大人なのにと思う気持ちが湧き上がる。
特にディアーシュ様に子ども扱いされ、休憩しろと気遣われると、なんだかなぁと思ってしまうのだ。
「大人なのに……」
ぽろっとつぶやいてしまった。
「どうかした?」
数歩離れた場所で、露店を覗いていたナディアさんが振り返る。
「あ、なんでもありません。魚が売ってるなと思って」
私は適当に、魚を売っている方を指さした。
王都は海に面しているから、魚もよく売っているらしいのだ。干物だけじゃなくて鮮魚もある。
海の魚は大きくて、私の背丈ほどありそうな魚が、露台の横にでんと転がっていた。
「大きな魚ね。でもやっぱり小魚がまだ多いかしら。沖の方に出るには、どうしても魔法で魔物を倒せないと難しいし」
「海にも魔物、いるんですもんね……」