幕間 公爵閣下の青天の霹靂
女王陛下との謁見の後、私は公爵邸に戻った。
昼食の時間には遅いので、家令に勧められるままとりあえず一人で食べ、リズがいるだろう作業場所へ赴いた。
早々に、錬金術を他の者に伝授できないかなど、話すことは色々ある。
定期的な収入にもなると言えば、親類も友人もいない他国で、不安を抱えているリズは安心するだろう。
私にできるのは、こういう手助けぐらいだ。
アインヴェイル王国にとってもリズを保持するのは良いことなので、積極的に援助をしていかなくては。
「それが女王陛下への恩返しにもなる」
両親を亡くした後、私は家督を狙った親族によって家から拉致されたことがある。魔物うごめく森へ捨てられた私を助けに来たのは女王だ。
その恩に報いるためにも、アインヴェイルのために戦ってきた。
北国のアインヴェイルは、元々は富んだ国ではない。
鉱山がいくつもあるおかげで、強い国だと思われているだけだ。その鉱山も、凍てつく寒さと吹雪の中では思うほど作業ができないので、冬の採掘は限られる。
なにより食料生産に問題を抱えやすい。
輸入に頼るしかないが、そのため他国から下に見られ、度々紛争が起きていた。
今は西に領土が広がったおかげで、昔よりも豊かではある。
安定したと思ったら、とうてい聖なる存在と思えない女が、精霊を操って害をなしたのだ。
「しかし、こうして救いの手が見つかるのだから。まだこの国は運命に見捨てられていないのだろう」
私は『神』という言葉を避けてしまう。ひとり言でも。
願っても助けてはくれない神。
親族によって殺されかけた時に、嫌と言うほど思い知った。
神に願っても仕方ないのだ。ただ命運が尽きていないことを願うのみ。
そんなことを考えながら、私はリズのための作業場へ行った。
しかしノックをしたが、答えはない。
作業に集中しているのだろうと思い、扉を開けて入った。
作業台の周辺にはいない。一体どこへと思い、作業場の隣の部屋に、休むためのソファなどを入れたことを思い出した。
そちらをのぞくと、テーブルの上にカップや菓子が置いてある。
ナディアが指示した通りに、休憩を入れるように誘導したのだと思う。
だが、ソファーで横になっている人物に、目を見張った。
十代後半ぐらいの娘が一人横たわっていた。
生成り地の貫頭衣を着ただけの娘を見た瞬間、不審者かと一瞬思ったが、見覚えがある。
たとえば薄茶色に桜色がかったような色の長い髪だ。
そして顔立ち。自分がよく知っている者の頬から丸みがとれたら、おそらくこんな感じになるだろう。
「リズ……?」
あまりにもリズにそっくりだ。
でも年齢がおかしい。貫頭衣から出ている腕の長さも、裾からのぞく足の長さも違いすぎた。長さの違いに思わず二度見して、気まずくなって目をそらす。
一体何が起きているのか。
「起こして質問するか」
そう思って近づく。
本人は足音にも気づかずに眠り続けていた。
揺り起こすため肩に触ったが、こんこんと眠り続けている。
「起きなさい」
声をかけても反応なし。昏睡しているのか?
呼気を確認するため、口元に手をかざす。
異常はなさそうだが。
リズに似た人物が眠ったまま起きないというのも、どうしたものか。
人を呼びにやったすきに、消え失せては困る。リズがいないのだ。誘拐犯の可能性はぬぐえない。
少し考え、この娘を本邸へ連れて行く事にした。必要なことを聞き出した後は監視する必要もある。
そう思って抱え上げた。
リズの重さと違う。
他に比較できるのは、怪我をしたり死んで運ばなければならなくなった、配下の騎士や、魔物からかばうために抱えた人間だが。
リズとつい比較して――間違いなくこの女が大人であると思うと、なんだか不安のような気持ちが湧き上がった。
いつもと違う。
子供らしい軽さではないことが、やけに生々しい気がして、子供を拾ったのは現実ではなく、なにかの夢だったのではないかという気になって来る。
思わずじっと顔を見ていたら、女がゆるゆると瞼を上げた。
――目が合う。
青い瞳が、まっすぐに私を見ていた。
周囲の全てから殺されそうになっても、まだ生をあきらめない強い瞳はリズと全く同じ。
「ディアーシュ様」
声もリズと同じ……。
そう思ったとたんに目が閉じられ、ふっと腕の中の重さと大きさが変化した。
慌てて抱え直してみれば、今朝見たのと全く同じ姿のリズが腕の中にいた。
「これは一体なんだ?」