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幕間 公爵閣下の夜半の出来事

 その日は、なぜか真夜中に起きてしまった。

 たまにそういうことがある。こうなるとしばらく寝付けないので、庭を歩くことが多い。

 今日はそこに、道連れができた。


「閣下も起きてしまわれたのですかな?」

最近腰が痛いと言う日が多くなったその人物は、公爵家の家令オイゲンだ。


「どうしてか、目が覚めた」


 答えると、オイゲンは気の毒そうな表情をした。


「左様でございましたか。この老体にはよくあることですが、閣下はまだお若いのに……」


 言外に「若いのに老化が早すぎでは?」と言われているのだが、こんな軽口はいつものことなので、気にはしない。


「まぁ、戦場に一度でも立つとそんな気分になる者が多いらしいですし、閣下はご家族を亡くされたりと色々ありましたから、老成しすぎたのかもしれませぬな」


 オイゲンは勝手にそう結論付けたようだ。

 老成したからといって、夜中に起きる症状が出るものだろうかと思うが、私は黙ることにした。反論するのが面倒なのと、オイゲンにいいくるめられるだろうことがわかっているからだ。

 そこでオイゲンが、妙なことを言い出す。


「あのお嬢様も、閣下と同じ手合いなんでしょうかねぇ」


 オイゲンが見上げているのは、館の方だ。

 見れば、一つだけまだ明かりがついている部屋がある。

 場所からいって、そこに住んでいるのはリズだ。


「まだ小さいのに、夜中に目が覚めるなんて……。怖い夢でも見たのでしょうかね」


 そう言いながらも、オイゲンは心配そうな表情だ。


「仕事で根を詰めているのかもしれないな」


 リズは、錬金術師として大人と同様に扱ってほしそうだった。

 保護した当初から、子供らしく「助けてください」と泣きつくでもなく。自分に価値があることをわかってもらおうとしていた娘。


 そして仕事を与えてからは、もうそれ以外目に入らない様子だった。

 だからこそ、リズを疑わなくなった。

 ラーフェン王国に情報を流して取り入るには、か弱い存在だと相手に思わせ、警戒されないようにした方がいい。


 なのにリズは違った。

 そして、あくまで自分の力でアインヴェイル王国で生きていく道を探そうとしたから。

 仕事と収入に関して考えているあたり、公爵家から追い出されてもアインヴェイル王国で生きていくつもりだろう。


 だから本当に、ラーフェン王国から捨てられたのだと確信できたのだ。


「にしても、リズ嬢を公爵家で保護した理由がわかりましたよ」


 オイゲンが微笑ましそうな表情で私を見る。


「魔力石は重要だろう?」


「それでも、女王陛下に預けてしまうこともできたはず。でも、閣下はそうなさらなかった。似た者同士らしく、通じるところがあったんですな」


 オイゲンの言葉に、苦々しいながらも私は内心でうなずくしかない。

 理解ができる気がしたのだ。

 普通の子供でも、仕事をしていたからといって、すぐに一人で生きていくことを考えられる者は少ない。


 殺されそうになった直後ならなおさら、誰かに頼ってしまいたくなるはず。

 精霊がいなくなり、魔物の出没で助けに行った先で、保護した子供はそうだった。

 だからリズは異質だったのだ。


 ――最初から、一人きりで生きていく覚悟ができている。


「でも相手は十を過ぎたばかりの子供ですからな。もう少し甘やかしてもいいように思いますが……」


 オイゲンがそう言うのもわかる。

 だが、自分が彼女の人生を全て背負ってやれるわけでもないし、自分がいなければ生きていけないようでは、何かあった時にすぐ死んでしまう。

 だから望むように、仕事をさせて立身出世を手伝ってやればいいと思っているが。


「本人がそう望むのだから、仕方ない」


 家令にはため息をつかれた。


「そんなだから、細君の宛てがなくなるのですよねぇ」


「妻をめとることと、そこに何の関係が?」


 全く理解できない。


「以前、婚約の話があったユーレイン伯爵家のご令嬢にも言われたではありませんか。『公爵閣下は女に全部言わせるつもりですの!? 耐えられませんわ!』と」


 私は首をかしげる。


「未だによくわからないな。私は彼女が嫌だと言うし、いつも怒っているからその通りにしただけだ。感謝されるべきだろう。むしろ、怖いだのなんだの言うわりに、婚約解消をしたら怒った方がおかしい」


「嫌そうだからさっさと婚約解消するとか、そんなだから冷酷というあだ名に拍車がかかるんですよ」


 オイゲンがげっそりとした表情をした。


「女性は複雑なのだと申し上げましたでしょうに」


「複雑だけではない。複雑怪奇だ」


 その点、リズはわかりやすい。

 子供だからというわけではないと思う。

 仕事を優先する姿勢が理解しやすいのかもしれない。

 そして、ふっと姿から視線をそらしてしまうと、同年代の人間と話し合っている感覚に襲われるのだ。


「なんにせよ、もう一度寝直すように促すべきですな。閣下が行ってくださいませんか?」


「なぜ私が」


 不思議なことをいう。

 そういうのは召使いの役目で、彼女達が眠っているのだからオイゲンがすべきだ。なのにこの老家令は私の背中を押すのを止めない。


「階段の上り下りが大変な年齢になってきましてね、老体に免じてお願いを聞いてはくださいませんかね。ああ、古傷も傷みますな」


「…………わかった」


 そうまで言われては仕方ない。

 私にとって家族代わりとも言える人間は、オイゲンの他数人しかいないのだから。孝行と思うことにした。

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