魔王様の講義とディアーシュ様の訪問
「まぁ、世界というのは、そう簡単に状況を変えられるものではない。精霊の偏りも、魔力の偏りも時間が経てば正されていくだろう」
レド様は自分で言ってうんうんとうなずいている。猫がやっているので、はたから見るとかわいい。
「精霊に愛された聖女がいてもですか?」
精霊の偏りを作ったのはアリアだ。彼女の願いを放り出して精霊が戻ってしまうということなんだろうか?
「多少戻るのが遅くなるかもしれないが、お願いを聞いた程度ではいずれ戻ることになる。むしろ、場合によっては反動もあるかもしれないがな」
「反動?」
どういうことだろう。
精霊が集まりすぎると、何か変な事が起こるんだろうか?
不思議に思ったけれど、レドはそれ以上話してくれなかった。
と言うか、次にものすごく興味深い話を振られて、私の頭から疑問がすっぽ抜けてしまったのだ。
「そういえば、精霊に関連する錬金術の品があるらしい」
「精霊を集めたりできるんですか? それとも精霊の力を借りて作るようなものでしょうか」
「どちらかと言うと、精霊を魔力に分解したり、閉じ込めたりするような代物だな」
「分解……」
私の目には精霊が光の玉にしか見えなかったけれど、なんかちょっと怖い。でも興味がある。
閉じ込める方法を使ったら、アリアに呼ばれるのを防ぎ、やり過ごすことはできないかな?
なのでレド様に話を聞いてみた。
珍しい品を使うものばかりだし、精霊の属性ごとに使う材料が変わるものの、覚えたら色々と応用も利きそう。
「すごい、興味深い話でした」
必死にメモしつつ称賛する。だって先生に貸してもらった本にだって、そんなすごい品のレシピはなかった。
レド様もまんざらではないらしい。
鼻のあたりを指先でかきながら、「ま、まぁ、色々知っておるからな」と言う。
「そうしたら、もしかして……こういう品もあったりします?」
私はそのまま気になる品のことを聞き始め……。やはり今度も夜中を過ぎてしまった。恐ろしく眠くなって、話の途中で意識が遠のきそうになり、頬をたたいて目を覚ます。
「そろそろ今日はお開きにしよう。ではまた呼ぶがいい」
「はい、ありがとう、ございます、レド様」
お礼を言うと、猫型魔王は「よいこらせっと」と、瓶の中に戻って行った。
何度見ても不思議な光景だ。
「どういう魔法なんだろう」
瓶の蓋をしめつつ、眺めていると、扉をノックする音がした。
あれ。夜の巡回をしている人に、起きてることがバレたかな。
灯りをつけっぱなしにしていると、火事の原因になってしまう。
だから外から明かりがついているのを見つけると、こうして部屋の中を確認するらしい。起きていることを話して謝っておかなくては。
私は眠い目をこすりつつ、扉を開けに行った。
「すみません。今まで起きていたんですが、すぐに明かりを消し……」
「眠れないのか?」
そこにいたのは、ディアーシュ様だった。
彼もまだ仕事で起きていたのかな。でも全く眠くなさそう。早く眠って今起きたとか?
謎な生態の人だなと思いつつ、私は答えた。
「あ、いえ。錬金術のことで、思いついたものを書き残しておこうと思いまして……」
半分ぐらいは本当のことだ。
だから疑われなかった。けど……違う方向の心配をされてしまった。
「子供のうちから、仕事にうちこむ必要はない。ここは神殿ではないのだ」
神殿は夜遅くまで子供をこき使うところだと思われたみたい。だけどまぁ、そういうこともあったので、否定しにくいな。
それに私には切実な問題がある。
「でも、仕事しないと……」
私が生きていくため、仕事は必須。
ここから突然放り出されても、大丈夫なように、役に立つ職人なのだという名声はほしかった。それがあれば、また新しく錬金術で物を作って暮らしていける。
だからまだ、追い出されたくない。
うつむいてしまいそうになった私に、ディアーシュ様は言った。
「……他所の国へ来て、一人きりで生きていくのが不安なのか?」
不安を言い当てられて、私ははっとする。
ディアーシュ様は、真剣な面持ちで私を見ていた。