魔王様教えてください!
その日の夕食。
ディアーシュ様は少し遅れて帰ってきて、私と一緒に食卓を囲んだ。
カイの監視はまだしも、採寸の方は不必要じゃないかと思っていた私は、恐る恐るながらディアーシュ様に伝えた。
「私の衣服についてはもう十分にありますので、あまりお気遣いなさらないでください」
採寸で時間がとられると、錬金術の調合時間がごっそり削られてしまう。
そうすると、ディアーシュ様に話した量の半分も作れなくなってしまう。
せめて明日からは、やめてもらいたかった。
でも正直に言うのはちょっと怖いので、服が足りているという形でやんわりと辞退してみたのだけど。
「間もなく冬が来る。精霊がいなければ、もっと冬は厳しくなるだろう。今回ので、必要な防寒着は作れるだろうから、しばらくはこういうことはない」
「…………」
これは婉曲的な言い訳なんだろうか?
冬寒いと大変だから、今回は防寒着を作るためにしたのであって、決して錬金術の調合時間を邪魔しようと思ったわけではない、と。
なので採寸という形で強制的に休ませることはない、みたいな……?
とはいっても聞き返せないし、自分の中でそう納得しておこう。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言って、食事を続けることにしたのだけど。
ふっとディアーシュ様がいう。
「私の顔色も良くなっただろう?」
「はい」
たしかにあの時より、ずっと顔色はいい。
でも……まさか気にしてた?
私なんかの言うことを、気に留めてくれるとは思ってもいなかった。
ぽかーんとしていると、ディアーシュ様がふっと口元を笑みの形にゆるめる。
「子供の言うことすら受け入れられないのでは、大人気ないからな」
そう言った彼は今までで一番、ニ十歳の青年らしい表情をしているように見えた。
そんな食事の後、部屋に戻ったところで私はカイとの話を思い出す。
今、ラーフェン王国にはアリアに引き寄せられた精霊たちが増えているはず。それなら、空間魔力量も増えたので、ますます錬金術の品が売れないのではないだろうか。
錬金術の先生のことが気になる……。
「表向きは薬師をしているから、生活は大丈夫だろうけど」
ラーフェン王国ではますます錬金術師が少なくなるだろう。
廃業してしまう人もいるんじゃないかな。
「アインヴェイルに呼べたらいいんだけどね……」
狡猾なアリアのことだから、先生のことを突き止めて、見張っていてもおかしくない。
そこで私の手紙が届いたりしたら、先生の身が危ないと思う。
ましてや、私の生存がバレたら……。
というか、死んでるって思ってくれているよね?
特にラーフェンからこの国にいちゃもんをつけられていないところを見ると、たぶん、大丈夫だと思うんだけど。
「……問題があったらディアーシュ様が言うよね? 何か知らないか、ぐらいは」
ぼんやりと考えていた私は、ふっと思い出して、引き出しの中から瓶を取り出した。
あの後、赤いリボンを巻いておいた。うっかり捨てられないように、大事なものですよーという印をつけたのだ。
「そういえば魔王を呼び出すって、どうするのかな?」
魔王が消えてから、はたと思ったのだけどもう遅い。
「蓋を外して呼べばいいのかな? ……レド様、リズです。お時間ありますか?」
呼びかけてみても、しーんとしたまま。
何の変化もない。
「魔力図は確かに有効だったし、夢じゃないと思うんだけど。おーい魔王様、夜ですよー」
もう一度呼びかけたとたん、もわっと瓶から白い煙が吹き出した。
目を丸くしているうちに、白い煙が一瞬にしてあのもちっとした体の猫になり、机の上に着地する。
「おお、呼んでくれたようだなリズ」
「レド様、ごきげんよう。ええと、前回聞き忘れてしまったのですが、呼び方ってこれ、正式にはどうしたらいいんでしょう? 今もあてずっぽうで」
「なに? 魔王レドと呼びかけてもらえれば良いが?」
なるほど……。レド様、だけではダメだったのだ。
さっきのはレド様、の後で魔王様と呼びかけたので、ギリギリ認識されたということかしら?
「ありがとうございます」
「それで、何か相談か? ん?」
てとてと歩いて私に近寄り、レド様は尋ねてくれる。
「精霊の存在と、空間魔力量の関係について少々」
私は疑問に思っていたことを話した。アインヴェイル王国の魔力量減少には、精霊が関わっているのかどうか。
「ふむ」
レド様はうなずき、あっさりと答えた。
「関係あるぞ」
「やっぱりあるんですか!?」
「精霊は魔力の塊だ。存在する限りその周囲にも精霊の魔力が漏れ出る。ある程度それが空間魔力量を増減させてしまうのは当然だろう? ましてや、急に精霊たちがいなくなったのなら、通常の半分以下になっていてもおかしくはない」
「半分以下……」
そんなにも減ってしまったのか。
また、空間魔力量がないと人が魔法をうまく使えなくなってしまうという事実に、私はショックを受けた。