休みを強制的に作る方法
そんなディアーシュ様は、大人らしい方法で私に休みをとらせることにしたらしい。
翌日。
「今日はドレスを仕立てることになったのよ」
突然ナディアさんからそんな予定を聞かされて、私はびっくりした。
「え、ドレスって、もういっぱいあるんですけれど?」
「これから冬が来るでしょう? 作るのに時間がかかるから、今のうちに注文しておくようにと、公爵閣下から申し付けられたのよ」
ナディアさんは、「公爵閣下が、こういったことに気がつくなんて珍しいわね」なんて言いながら、朝の着替えを手伝ってくれる。
(採寸……すぐに終わるかな?)
大抵、予定している服に合わせて、いろんな丈を測っておくものだ。
服のデザインによって一番きれいに見えるだろう寸法のため、袖丈だけでも、何種類も測る。
自分そっくりの銅像でも作るのかというぐらい、腰回りやら肩周りまで記録していくのだ。
でもそれで終わるのならいい。
服の生地まで選ばされたら、途方もない時間がかかる。
戦々恐々としていたら、やっぱり採寸だけではすまなかった。
「この深い色のピンク混じりの灰色とかどうかしら? リズにとっても似合ってると思うわ」
「やはり公爵家の色ですから、赤と黒は欠かせませんね」
ナディアさんはノリノリで、仕立屋の女主人とメイド達も楽しそうに布を選んでいる。
私は貝のように口を閉じた。
ここで私まで色々と要望を口にしたら、もっと長々と時間が過ぎてしまう。
そして慎重に状況を読み、一度服を着直したところで肝心の言葉を口にした。
「みなさんとてもセンスが良いですね。私何を選んだらいいのかわからないので、是非皆さんにお任せします。よろしくお願いします」
任せると言い切って、私は逃亡した。
だってそのままソファーに座ってしまったら、布を選ぶ話に巻き込まれてしまう。
採寸をしながらだってもう十分に話し合ったのだから、もう脱出しても大丈夫だろう。
早めのお昼をお願いして、大急ぎで口に突っ込んだ後、私は作業場に逃亡した。
しかし作業場に行ってみると、すぐにカイがやってきた。
「うっす。今日は監視に来たっすよ」
薄茶色の髪が、一筋だけぴよっと跳ねているカイは、急いでここまで来たのだろう。
「監視って……?」
「働きすぎないようにって、公爵閣下が言ってた!」
働きすぎないように監視までつけたらしい。
(あれ、もしかしてさっきの採寸も……?)
私が働かないようにするため?
採寸もかなり疲れるけれど、合間にお茶も出されるし、ナディアさんが度々座らせてずっと立ったままになることもなかった。
ここで魔力石を作り続けるのと違い、魔力を使って倒れるようなことはない。
(すごいですディアーシュ様……)
その手腕に脱帽する。
しかも私にそんな手間をかけて、本人は休んでいるのかな? 結局私、考え事を増やして疲れさせただけなのでは?
ちょっと落ち込む……。
これが実年齢で、三歳離れているがゆえの差なんだろうか。
言葉よりも雄弁に、こっちを気にするより自分のことを何とかしろと言われたみたいで、ぐうの音も出ない。
私はおとなしくカイのことを受け入れて、作業を始めた。
合間に、ぶつぶつと言い訳をしてしまいながら。
「私もちゃんと考えたんですよ。無理に魔力を使ったりしなくてもいいように、勉強して、効率よく素早く作れるように言って、夜中に何回も図を書き直したりして……」
「図? これのことっすか?」
カイが 、私が描いた後で乾かしていた魔力図を指差す。
「そうです。その図で周囲の魔力を集めて、水晶の中に閉じ込めて作るんですよ」
「へええええ」
カイは感嘆したように、目を見開いた。
「すごいっすね。さすが公爵閣下が目をかけることにしただけある。ってーか、俺はあの時魔法石のお世話にならなかったっすからね」
手放しで褒めてくれて、なんだか気恥ずかしい。
「ありがとうございます!」
子供の姿をしている私にも真面目に応対してくれるカイは、とても良い人だなと思う。
「そういえばカイは、とても強いんですね。魔法が使えるのはディアーシュ様ぐらいだと聞いていたんですが、同じように戦っていたということは……魔力が多いんですか?」
「いや違うっすね」
カイはあっさりと答えた。
「俺はちょっと特殊で。体の中だけ魔力の効果があるというか、外に向かって出せないっすよ。だから逆に、肉体強化なんかに注いでいるんっすけどね。それだと魔力がそんなに大量には必要ないから、あんまり影響ないだけで」
「…………」
筋肉に全ての魔力を使ってる?
え、肉体強化しただけで、戦ってたの? それであの威力?
「逆にすごいのでは」
ぽろっとこぼれた言葉に、カイは「いやぁ」と照れる。
「ところで、ラーフェン王国には錬金術師が沢山いるんっすか?」
「いいえ」
「え? なんか便利そうなのに……」
カイが疑問に思うのも無理はないのよね。
掘り出された天然の魔力石を欲しがる人は、けっこういる。
でも、錬金術で作った魔力石は誰も買いたくないのだ。だから錬金術はあまり広まらなかった。
一番効率よく稼げる魔力石が売れないうえ、蔑まれる職業では、どんな素晴らしいものを作っても買い叩かれてしまう。
割に合わないので、やる人も少ないのだ。
「ラーフェン王国では、錬金術師は蔑まれる職業なんです。だから売れる数が少ないので、苦労をして勉強をしても、割に合わないんですよ。あの国では、大地の恵みとして産出された鉱石である魔力石じゃないと、効果が薄いんだろうとかまがい物だろうとか、散々なことを言われてしまうんです」
錬金術の魔力石を買う人が全くいなかったわけじゃない。
けど、ひっそりと隠れて使うぐらいなので、沢山は売れないのよね。
「使えれば、別に同じだと思うんだけどなぁ」
カイはとても合理的な人らしい。
「形式が大事なんですよ、あの国の人達は」
アインヴェイル王国のような状況になったら、手のひらを返したように錬金術師の魔力石を買い漁るのかもしれない。
そんな風にカイに応答していたら、
「リズって俺よりも年上の人間みたいっすね。難しい言い回しとか、父さん母さんの影響か何かなんっすか?」
「え、あ、あははは。全部大人からの聞きかじりですよ」
慌てて笑って誤魔化した。