子供らしさって
私は喜んでどんどん魔力石を作り始めた。
合間に一度、ナディアさんがやって来て昼食を運んでくれる。
パンに肉や野菜を挟んだものを用意してくれたおかげで、作業をしながら食べることもできた。
それからもずっと作業していたのだけど……。
「リズ」
深みのある声で呼ばれた。
ハッとして振り返ると、すぐ後ろにいたのはディアーシュ様だった。
窓から入る黄昏の光の中、ディアーシュ様の灰色の髪が赤く染まっている。瞳の色と同じぐらいに。
でもその赤い色が、彼にはとても似合う。
全身に血を浴びていたとしても、美しいと思えるだろう。
恐ろしいのに、少しだけ見てみたいと思ってしまう。彼はそんな人だ。
それにしても、黄昏の光っていうことはもう夕方なんだ。
お昼の後、集中しすぎてあっという間に時間が経っていたみたい。
こんな風に日が傾いた時間でも、魔力石はきちんと出来上がっていたのだけど。
よかったと喜ぼうとしたものの、ディアーシュ様がどうもご機嫌がよろしくなさそうなことに気づいて首をかしげた。
「ディアーシュ様?」
進捗状況を確認しに来たんだろうか?
ナディアさんがいないということは、多分まだ夕食には早いはず。怒られるような時間ではないと思うのだけど……。
ディアーシュ様が一歩、私に近づく。
とっさに逃げそうになったけれど、すんでのところで踏みとどまった。
雇用主から逃げてどうするのよ、私。悪いこともしていないのに。
じっと待っていると、ディアーシュ様が私の方へ手を伸ばす。
つん、と指先が額に触れた。
「魔力が限界に近い。もう休め」
「あ……」
そうされてようやく気づいた。
私の中の魔力がだいぶ減ってしまっている。もう少し続けていたら、作業場で倒れていたかもしれない。
(新しい魔力図が楽しくて、ついついやってしまった)
集中しすぎるのが玉に瑕、と錬金術を教えてくれた先生にも言われていた。
「代わりに、覚えは早いんだけどねぇ」と。
そういえば先生はお元気だろうか。
最後に会ったのは二年前。
あの頃にはもう六十歳だったから、いつ体調を崩して儚くなっていてもおかしくない。一度ぐらいは会っておきたかったな。
なんて考えていたら、予想外の事を言われる。
「……お前は子供らしくないな」
ディアーシュ様がぽつりとこぼしたのだ。
「そうでしょうか?」
集中して周囲が見えなくなるって、子供ではないかなと思う。
反省している今なら、今朝みたいに子ども扱いされても、仕方ないなと思えるのに。
「普通、疲れてしまったら仕事など放り出してしまうだろうに。それともラーフェン王国の神殿は、厳しく律するところだったのか?」
「ま、まぁそんなところです」
しまった。
子供だったら、こっそり遊びに出てしまってもおかしくはない。実際、そうしたまだ幼い神官見習いは沢山いた。
命がけの状況じゃなかったら、魔力を使い果たしそうなほど、魔力石作りに熱中するものでもないだろう。
曖昧に答えたら、いいように解釈してくれたみたいだ。それ以上は突っ込まれなかった。
「子供の身で私を気遣うのも、不思議なものだ」
代わりに他の事を、ディアーシュ様は連想したようだ。
たぶん、朝の事を言ってるんだと思う。
やっぱりそうだ。
公爵邸に勤めている人たちにとっては、指摘するようなことじゃなかったんだ。仕事で、どうしても無理をしなくてはならなかったんだろうに、休めばいいだなんて身勝手なこと言ってしまった。
「こ、子供だからとっさに言ってしまうのかもしれないです。後から少し、無礼なことをしたと反省しました。ディアーシュ様は、公爵という地位についていらっしゃる立派な方ですから、ご自身の体調なども把握された上で無理をしなければならなかったんでしょうに……。思い至らなくて申し訳ありません」
私が言うようなことじゃなかった。本当にごめんなさいと長々と謝ってみた。
ディアーシュ様はふと笑う。
ほんの一瞬だけ。口元を緩めた。
ただそれだけで、陽の光が差すような感覚がする。
「本当に子供らしくない。だが、悪くないな。子供はどう扱っていいのかわからないのでこの方が楽だ」
それはもしかして、あんな風に言っても嫌ではなかったということかしら??
意外すぎてつい口に出してしまう。
「怒っていらっしゃらない?」
「どこに怒ればいいというのだ?」
ディアーシュ様に不思議そうに言われて、私は必死に首を横に振る。
「いいえ、怒っていらっしゃらなければそれでいいんです。はい!」
とりあえず子供らしくない対応の方が、ディアーシュ様には向いているということは分かった。
今後、ディアーシュ様の地雷を踏まないでいられそうなので、いい情報を貰ったと思おう。