顔色が悪いのは二人ともです
一眠りすると、昨日のことは夢だったのかと思えてきた。
でも片付け忘れていた紙には、確かに魔王に習った魔力図が何枚も描かれている。
「魔王が……勉強を教えてくれるだなんて」
今さらだけど、少し怖くなってくる。
なにせ相手は魔王だ。
でも魔王なら、魔力を扱うことに精通していてもおかしくない。最高の教師から、その知識を伝授される機会を得たのだ。
どうせ一度は死んだと諦めた人生だ。
現実的なことを気にしすぎて、自分のやりたいことができなくなるよりはいいだろう。
目を覚ました私は、服を着替えてから、まずは魔王に習ったことを復習する。
「これは大地から魔力を集める図。大気から集める図は、今のアインヴェイル王国では使えないので除外。水から集める図か……。後は植物」
植物にも魔力が宿っている。
中でも強く魔力を吸収している植物というのも存在する。錬金術の薬によく使うのだけど……。
「そこから魔力を取り出して、移す? 移した魔力をさらに、水晶に閉じ込めて……。水を使うなら、水晶に描く図も変えないといけないな」
色々組み替えて、書き直し、納得がいく図を仕上げる。
それから魔王の講義メモをもう一度見直し、図を描くのに必要な材料を検討。
「よし」
まとまったところで、ナディアさんに朝食に呼ばれた。
今朝もディアーシュ様と一緒に、食事をする。
「少し顔色が悪いようだが」
ディアーシュ様のお尋ねに、私はドキッとした。寝不足のせいだきっと。
「ちょっと寝つきが悪かったみたいで……あはは」
「眠る前に何か温かいものでも用意させよう。子供はたくさん眠るべきだからな」
むぅ。
元々は歳が近いと思っているせいなのか、子供扱いをされると微妙な気分になる。
だから、「そちらだって、そんなに体調が良さそうには見えないんですが……」なんて思ってしまった。
なにせディアーシュ様の顔色が、いつもより青い気がするのだ。
だけど静かな朝食の席で、自分から発言するのが怖い。
そもそもディアーシュ様があまりしゃべらない人なので、この静寂を私から破っていいのかどうか。
たぶん大丈夫だとは思うけど……一見穏やかな人でも、豹変することはあるのだ。
(私……相当にあの一件の後で、人間不信をこじらせてる気がする)
手の平を返された記憶が、どうしても一歩踏み出すことをためらわせる。
だから「顔色が悪く見えますが、大丈夫ですか?」の一言さえ口にできない。
一方で、年齢が近いからこそわかる。
まだ二十代になったばかりのディアーシュ様だって、人間だ。
百戦錬磨の大人達の仲間入りをして、同等に渡り合うのはとても苦労するはず。
実績があっても若造扱いされてしまう場面もあるだろう。
お飾り聖女だった私なんて、常に意見なんて聞いてもらえなかったもの。
心労も多いだろう。だから彼が体調を犠牲にして仕事をすることもあろうと思うのだ。
ただし、怖い。
(冷酷公爵様にそんなことをしたら、無礼だと言われそうだしな……)
なんて思った瞬間に、ふっと息をつく姿を見ると……気の毒さが増した。
疲れているのに、朝から子供とお食事して気疲れも倍増しそう。
気の毒になったその時に、食事を終えたディアーシュ様が言った。
「昨日も言ったが、魔力石の作成については無理をしないように。きちんと休みなさい」
まるでお兄さんのような言葉に、ふっと勇気が出る。
「ディアーシュ様も、どうかお休みになれる時は、そうなさってください。夜更かししただけの私より、顔色が……」
ディアーシュ様が、意外そうに目を見開く。
それから少しだけ、眼差しが柔らかくなった気がした。
「善処しよう」
ぜひお願いします、と心の中で付け加える。
体のことを顧みずに儚くなられるのは、心が痛む。そして私自身、庇護者を失ったら路頭に迷いそうだし。
さて、今日も作業場所にて魔石を作る。
そのために、ナディアさんにお願いして古い水盤を探してもらい、錬金盤を三つに増やしてみた。
「まずは下準備」
翡翠の他に、薬の材料としても頼んでいた鉱石の中から使えるものを取り出す。
二種類の鉱石を粉末状にして、それぞれインクを作る。
そして三種類のインクで新しい図を描いた。
それはまるで茶色と赤の色が混じった木に、薄緑の葉が茂っていくかのような図。
出来上がりの美しさと細かさが、そのまま結果に反映されると魔王は教えてくれた。
「よし……」
水晶にも新しく作った、銀色のインクで図を描いていく。
錬金盤には、水と魔力を含む花、その上に図を描いた紙を置いて、水晶を載せる。
そして反応を待つ。
光り始める、水晶に描かれた銀の図。
今までより強い光が錬金盤を満たしたかと思うと、昨日の半分の時間でその光は消えてしまう。
そして水晶は……。
「できた!」
青みの強い色に変わっている。
中から魔力を感じられる。間違いなく魔力石が出来上がっていた。