魔王と私の錬金術講座
ちょこちょこと連載再開しますー。お待たせして申し訳ないです。
魔王だ!
……魔王だ!
…………魔王だ!?
「は?」
私は耳を疑った。
「嘘であるものか。疑うならこれでどうだ?」
一瞬にしてその場の空気が変わる。
皮膚がひりつくぐらいの恐怖。
その発生源は、目の前の猫型生物で、その周囲に黒い靄のようなものまで見えて……。
「あ……」
言葉が出ない。
恐ろしさに足が震えて、その場に膝をつく。
「どうだ、わかったか?」
魔王の恐怖がその部屋から消え去る。
それでも夢じゃなかったとわかるのは、まだ足が震えていたから。
「終わった……」
魔王を相手に、魔法もろくに使えない錬金術師が、どうこうできるわけがない。
いさぎよくあきらめ、火かき棒から手を離す。
カランと音がする中、目を閉じてうつむいた。
「私の人生、ここまでなのかな……。魔王に殺されて死ぬとは思わなかった」
どんなに考えても、もはや打つ手はない。
せめて誰かにこの危機を知らせるため、叫ぼうと思って息を吸い込んだら。
「なぜ殺さなくてはならんのだ? せっかく魔法をかけてやったのに、もったいないではないか」
「げふっ……。もったいない!?」
吸った息が変なところに入ってしまった。
げほげほとむせながらも、私は目を白黒させていた。
なんで殺さないの?
「魔王って、生きてる人間を見ると殺してしまうのでは……?」
だから辺境の地などに引きこもっているのだと、昔語りで聞いたのに。
「殺戮しか知らない魔物みたいに言うでない。君はそんな短絡な人ではないだろう」
「?」
魔王の言い方がなんかおかしい。
まるで、私のことを知っているような感じだけど……。
「我の魔力を飲んだのだ。君のことは把握している」
「魔力を飲む!?」
その表現がよくわからない。
魔王と名乗った猫型生物がやれやれと肩をすくめた。
「あの薬についてよく知らずに飲んだようだな。あれは秘薬。そして我の魔力そのものを溶かし込んだ品だ。飲んでも我が気に入らなければ、何の変化も起こらない」
そして魔王がニヤリと笑う。
「おめでとう、君は見事に我の目に止まったのだ。そして望みを叶えた」
「え……」
魔王の魔力が溶け込んだ液体!?
一瞬、私は自分が作った魔力石のこと思い出す。
血が一番魔力がこもっている。だから緊急的な魔力石を血で作ったのだけど……。
ついつい、魔王の魔力が溶け込んだ液体ということで、魔王の血を想像してしまった。
謎の猫型動物の血とか、後で病気になったらどうしよう。死ぬよりはマシだけど。
そんなことを考えてたら、魔王に「おい」と嫌そうに声をかけられる。
「今、ものすごく無礼なことを考えていただろう君」
「い、いいえ? 全く何にも考えていませんとも」
首を横に振って否定しておく。
魔王は疑わしそうな眼をしたが、とりあえずそのことは横に置いておくことにしたらしい。
「とにかく、君は選ばれたのだ。感謝するといい」
「はい……大変アリガタク感ジテオリマス」
助かったのは間違いないけど、飲んだものの正体がなんか嫌で……。感謝していないわけではないのだけど棒読みになってしまう。
「いまいち喜びが足りない気がするが……まあよい。とにかく魔力を分け与えた相手の様子を見に来たのだ。……これは、瓶の魔力図を写し取ろうとしていたのか?」
「はい、その、どうにか魔力を貯めておける方法がないかと思いまして」
「魔力を貯めるとは、どうしてだ?」
私は今までのことを簡単に説明した。
アインヴェイル王国では、聖女のせいで精霊がいなくなってしまったこと。
そのせいで空間魔力量が減ってしまったこと。
関連して、錬金術の調合でさえ時間がかかるようになってしまったことを。
「魔力量か……」
魔王はしばし考え、びっくりするようなことを言い出した。
「魔力を導き出す他の方法や、大気中の魔力以外を利用する魔力図や錬金術の調合方法を教えるべきか?」
「魔王様が教えてくれるんですか?」
「教えてやらんでもない」
かわいらしい猫型生物の姿で、魔王が重々しくうなずく。
私の答えはひとつだ。
「教えてください!」
世にも珍しい人物が、貴重な知識を伝えてくれると言ったのだ、請うてでも教えてもらいたい。
びしっと九十度に腰を曲げてお願いした私に、魔王は悠々と答えた。
「よかろう」
その日私は、夜遅くまで魔王の講義を受けた。
主に新しい魔力図に関する話だ。
線の意味を一つ一つ解説してもらい、覚えていくことが必要だ。
「樹形の魔力図……?」
「そうだ。君が今まで学んだ円を描くような図とは少し違う。だが、代わりに魔力を効率よく複数から導き、様々な要素に分配することも容易だ」
魔王は小さな体でペンを抱きしめ、器用に紙に図を書いてみせる。
それは右端から線で木の幹から枝が伸びるような線を描いていくものだった。
枝の先には、今まで私が描いて来たような魔力図を付け足していく。
その図についてひとしきり講義を受けたところで、私の眠気は最高潮に達した。紙に書き写しながら、ふっと意識が途切れて机に頭をぶつけそうになった。
「今の君は子供だからな。体の欲求に従って、眠るといい」
察した魔王が、有り難くもそう促してくれる。良い人だ。
「ありがとうございます。でも、この続きは……」
まだ知りたいことを聞き終えていない。こんな機会が何度もあるかわからないのに。
だから頑張ろうと思ったけど、魔王は大丈夫だという。
「また明日の夜以降にでも、我を呼ぶといい」
「夜ですか? でも……」
私は、また今日のように眠気に勝てず、全て教えてもらえないまま終わりそうだなと、不安になる。
「何度でも、君が求めるのなら来よう」
「本当ですか!」
それなら今日は、安心して眠れる。
「ただ夜でなければならない」
「どうしてですか?」
「知らんのか? 我が支配するのは闇。夜の中でこそ、心と魔力は遠い場所まで駆けていくことができる」
聞いたことがある。
ラーフェン王国の魔王は、闇を統べると。
「あなたは、ラーフェン王国の魔王?」
猫型生物の姿をした魔王は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「我のことは『レド』と呼ぶがいい」
そして魔王レドは、ふっと姿を消したのだった。