公爵邸の探検
やっぱり旅をすると、馬車の中で座っているだけなのに結構疲れるみたいだ。
ここ数年は教会の朝日が出たことを告げる鐘の音よりも早く起きていたのに、窓を見れば太陽は少し高い場所まで昇っていた。
代わりに体は少しすっきりしている。
ぼーっとしていたら、私の様子を確認に来たナディアさんが、洗顔の水や食事を運んでくれた。
「今って何時でしょうか?」
「10時よ?」
「そんなに眠ってたんですか私!」
寝坊だ。恥ずかしいなと思っていたら、ナディアがとんでもない事を教えてくれた。
「一度公爵閣下も体調を確認しに来てたのよ?」
「はい!?」
公爵閣下が!? なぜに!
そういうのって普通、貴族本人がしないのでは? 家族でもないのに……。
「体調が悪くなっていないか気になったんでしょうね。まだ小さい子供だし、魔物にも襲われたんでしょう? 一度寝込んだみたいだから、心配してくれたのね」
ナディアさんもほのぼのエピソードみたいな感じで話してくれたけど、私は恥ずかしくて顔を上げられなくなる。
人様に寝顔を見られていただなんて。
(しかも、本来の年齢を考えるとありえないんだもの)
もちろんディアーシュ様は、拾った子供の体調管理をしなければと思ったんだろうけど……。
まだ子供になったことに慣れていない私は、淑女の部屋に男性が入ってきたというだけで、ものすごく動揺してしまった。
(私は子供、私は子供、私は子供……)
魔王の秘薬で子供になったのだから、この魔法が解けるのかどうかも全くわからない。でも基本的には子供として生きていかなくてはならないのだから、そういう認識でいなくては。
大人びすぎた子どもは嫌われやすいから。
誰も味方もいない国で、平穏に生きていこうと思うなら、色々とちゃんとしなくては。
(でも考えてみれば、故郷や神殿でも、味方はほとんどいなかったけど)
今度こそは、安定した人間関係を作りたい。
とりあえず、ナディアさんが用意してくれたご飯を食べる。
それから今日は何をしたらいいのか、悩んでしまった。
頼んだものがすぐに到着するとも思えないので、錬金術のアイテムも作れない。
「何か手伝うものとかありますか?」
手が空いているのでそう言ってみたけれど、ナディアさんは首を横に振った。
「あら、大丈夫よ。子供はそんなこと気にしないで、お屋敷を探検してみたら?」
「探検?」
それもいいかもしれない。
初めて来る場所だから、色々見てみたいとは思っていたんだ。ちょっと子供っぽいかなと思って言い出せなかったけど、今の私は子供の外見なんだし、そういうことをしてもいいだろう。
「分かりました探検に行きます」
そういうわけで、私はお腹がすくまで探検に出ることにした。
広い場所は、大神殿で慣れている。
だから全部を一気に回れると思っていたんだけど、興味深いものが色々とあって、意外と沢山立ち止まってしまった。
「素敵な四阿……」
バラの蔦とクレマチスが絡んだ四阿は、花で作られた小さな家みたい。
あのぶっきらぼうな公爵閣下からは連想できない、可愛さだ。
「ディアーシュ様のお母さんとか、おばあさんとかが作ったのかな」
そもそもディアーシュ様には兄弟がいるかもしれない。そういった人の要望で、庭師が綺麗に仕上げたんだと思う。
よく知らないので勝手に想像していると、一緒についてきてくれたナディアさんが教えてくれた。
「公爵閣下はご兄弟がいないわよ。ご両親もすでに亡くなっているわ」
「え、じゃあお一人なんですか」
「ごくお若いうちに爵位を継承されて以来、ずっとお一人ね。国王陛下が親戚でいらっしゃるから、完全に孤独というわけではないけれど。それに年下の従弟の王子殿下もいるから、王子殿下が弟のよう……かもしれないわ。あまり遊んであげるタイプの人ではないけどね」
「ああ……」
ディアーシュ様が誰かと一緒に走り回る姿が思い浮かばない。
地獄の訓練的なもので、後ろから猛然と追いかけるならありそうだけど……。
まあ、そういうことなんだと思う。
「公爵閣下は、魔物狩りに忙しくしてらっしゃるし、なおさらかもしれないわ」
ナディアさんの付け加えた言葉から、ディアーシュ様が強いのは、そうして戦い続けてきたからなのだと想像がついたけど。
「それは公爵としてのお仕事なんですか?」
爵位を持っている貴族が魔物狩りを率先している、というのがちょっと不思議だった。
もちろん、もちろん今のアインヴェイル王国のような状況ならば、戦える者が戦うというのは納得できるのだけど。以前はそうではなかったはず。
なのに公爵閣下は、どうして魔物狩りばかりしていたんだろう。
「国で一番の魔力を持つということと、国王陛下がお命じにになられたと聞いてるわ」
ナディアさんは詳細についてはよくわからないようだった。
私は(国王が直接公爵にそんなことを命じるのは珍しいな)と思いつつ、次の場所に向かった。
赤い花が揺れる庭園を抜けると、木立の中の小道が続いた果てに、不思議な建物があった。
「銀色の……塔?」
大きなものではない。だから方向によっては、建物が視界を遮って、それがあるのは分からなかっただろう。
3階建てくらいだけれど、とにかくその色に目を引かれる。
緑色の蔦が這う壁面は、おそらく石を積んだものだと思うのに、表面が銀色だ。何か鉱物を塗り付けたのだろうか。