聖女ではなくなったあの時
あの日、隣国ラーフェンで聖女というお飾り職についていた私は、いきなり牢に放り込まれた。
――ニセ聖女め、と言われて。
ことの発端は、妹のアリア。
妹といっても血がつながっているのは半分だけ。だからアリアは黒髪だけど、私は桜色ががかった髪色をしている。
二年前、異母妹アリアがくじ引きで聖女の役職に決まった。
なんでくじ引きかというと、聖女になると向こう10年は結婚できないから。
貴族令嬢はみんな嫌がったのだ。
そして聖女に決まったはずのアリアは、自分に熱を上げていた執事の息子と駆け落ちして失踪。
代わりに、姉の私が聖女になるしかなかった。
……まぁそれはいい。
「結婚するつもりはなかったし、神殿生活もそう悪くはなかったし」
継母は私を嫌っていた。
食事も減らされ、召使いは継母に媚びて洗濯や掃除をしてくれないこともあったりした。そんな家より、神殿の方が楽だった。
悔やむことといえば、錬金術師として生きていこうとしていたのに、断念するしかなかった件ぐらいかな。
でも、二年でその生活は終わった。
数か月前、アリアがなぜか隣国で聖女になったという噂を聞いて、嫌な予感はしていたのだ。
でも隣国のことだし、聖女様と持ち上げられる生活ならアリアも満足して戻ってこないだろうと、油断していた。
ある日、この国の王達がアリアをこの国へ連れ戻してしまったのだ。
それどころか、他国の聖女を連れ出す口実に『国家の危機だ』という嘘をついた。
罪人にされたのは、もちろん私。
『ラーフェン王国にいるニセ聖女を退け、王国を救うため』という形で。
今まで穏やかな関係を築いていたと思った神殿長達も、一斉に手の平を返し、牢にひきずられる私を助けてはくれない。
そして謁見の間で見たアリアは……なぜか本当に精霊を惹きつけていた。
アリアの周囲には蛍のような光がまたたいていて、特別な力を持っているのは一目瞭然だったのだ。
「精霊に愛される人がいると災害も抑えられるし、大地に恵みが増えるから……。国土を豊かにできる人材は、喉から手が出るほど欲しかったんでしょうね」
そのために、私だけが悪役にされたのだ。
結果、私は罪人として国から追放が決まった。
その時の、アリアが縄で縛られている私に囁いた言葉が忘れられない。
「ずっとアンタが貴族の娘だったのが気に食わなかったわ。私の方がずっと綺麗だったのに、愛人だからって、うちのお母様が正妻になれなかったのが悔しかったわ」
その目には、憎しみが込められていた。
「聖女になんて選ばれなかったら、もっとアンタの這いつくばる姿が見られたのにと、駆け落ちした時も苦々しい気持ちだったけど……」
アリアは、歪んだ笑みを浮かべた。
「今こうして罪人になった姿を見たから満足したわ」
勝手に劣等感もって勝手に恨まないでくれる!?
愛人になったのは、あなたの母親の問題で、私の問題じゃないわよ!
叫びたかったが、それを言えばこの場で抹殺されそうだったので、耐えるしかなかった。
王族の立つ場所で、不安そうに見つめる金の髪の可愛らしい第二王子、私の友達で弟のようだったサリアン殿下を悲しませないように……。
さて追放先は、アリアを最初に聖女として認定した国、アインヴェイル王国になった。
すぐに移送が決まり、私は馬車に乗せられていた。
「殺されるかもしれない……」
簡素な馬車の中で、私はぎゅっと手を握りしめて怯えていた。
アインヴェイル王国は、ラーフェン王国を恨んでいるはず。
聖女を連れ出しただけじゃない。
アリアはアインヴェイル王国は自分を大事にしなかったと、精霊が王国から去るように仕向けたらしい。
それもこれもラーフェン王国が、アリアをそそのかしたせいだ、と思っている可能性は高い。そうしたら、ラーフェン王国の人間を恨んでいるだろう。
私がアリア帰還の口実になった聖女だとバレたら、確実に殺される……と考えていると、ふいに馬車が止まった。
「?」
もうアインヴェイル王国に到着したのかしら?
窓の外を見たって、私には推測しようがない。だって国外になんて出た事がないのだから。
ただ、ものすごく嫌な予感が……。
私は扉の近くに寄って、物音に耳をすませた。
すると、剣を鞘から抜く音がする。
盗賊がいるような物音もしないのに……てことは、馬車を護衛してきた兵士達が剣を抜いているってことで。
――私、殺される!? 国外追放じゃ安心できずに、私をさっさと始末するつもり?
3秒考え、そして私は行動した。
馬車の扉がノックされ、外から開かれる。
「おい、降り――うわっ!」
私は馬車から飛び出すようにして出た後、そのまま街道を走った。
馬車の向きから、行くべき方向を定めて突撃。
目指すは、アインヴェイル王国の国境。
(国から出たら、手出しできなくなるはず! その後のことは後で考えるしかないわ)
隣国に入ってしまえば追いかけては来ないだろう。
そう思って走ったのだけど。
「待て!」
馬に騎乗している兵士が、道の横から追いついてきて、私は街道をそれて進むしかなくなった。
(このままじゃ……!)
その時、足を滑らせた。
小さな崖になっていたようで、下に落下する。
おかげで兵士達は私の姿を見失った。
そして崖下のくぼみに身を寄せた私は、もうこれしか方法がない、と懐から小瓶を取り出した。
手にぎゅっと握れる大きさの、赤銅色の細かな装飾がほどこされた金属の瓶だ。
牢に入れられた後、罪人だからと着替えさせられたポケットのない生成り地の服を着ているけど、腰ひもがあるので、懐に入れて隠しておけた物。
これは唯一王族の中で親しかった、第二王子サリアン殿下がくれた。
まだ12歳の殿下では、父王の意向に逆らって私を逃がすことはできず。代わりに、魔法で姿を隠して、危険をおかしながらこれを密かに届けてくれたのだ。
――魔王の秘薬を。