間―ラーフェンの新しい聖女
「聖女アリア様、こちらのお菓子などいかがですか?」
「私は珍しい花をお持ちしましたの。氷の花と言われていて……」
わたしの周りを、何人もの貴族令嬢が囲んでいた。
誰もが聖女であるわたしの機嫌をとろうとしていたけど、その下心はわかっている。
――聖女に取り入って気に入られれば、自分の家の領地を豊かにしてもらえる。他の領地よりも。
そうしたら莫大な富を得られるのだ。
でも、わたしは機嫌よく応じてやる気はないわ。
今のわたしには、誰も逆らえないほどの権力があるのだもの。
「お菓子はもういいわ。あなたそんなものをわたしに勧めて、太らせて醜くしようというの?」
「もう秋だというのに、氷の花を持ってくるなんて、センスのない人ね」
全てのものに文句をつけると、貴族令嬢たちは鼻白んだ顔になる。
そのまま悪魔のような顔になりかけたけれど、慌てて平静を装った。
笑顔で「申し訳ございませんでした聖女様」と答え、しおしおと沈んだような顔をして、彼女達は部屋を出て行く。
「ふん」
わかっているのよ。
部屋の扉が閉じたとたん、一斉に文句を言うのは。
精霊に命じると、すぐ近くの声なら聞き取れるようになるもの。
「なんなのあの人! こちらが下手に出ていればつけあがって」
「駆け落ちをしたような、ふしだらな人なのに!」
「そんな人が聖女でいいの!?」
「どうやって精霊を誘惑しているんだか……」
アリアの悪口を言いつつ、彼女達はそれを聞かれているとも知らずに去っていく。
「あの人達は始末しましょう」
元々、さして地位の高くない家の出身だったわたしのことを、見下していたのよ。
今もあの時のまま、自分達が優位に立てる隙があると勘違いして、昔なじみだと言って接触してきただけだもの。
後で王子にあの人達の名前を言って、領地を取り上げなければ精霊をそこから遠ざけると言わなくちゃ。
(本当は精霊を使って殺してしまいたいけど……)
それが王子達にバレてしまうと、わたしのイメージが壊れる。
わたしはか弱い姫でいたいのだ。
そんなことを考えていたら、扉がノックされて、第一王子が入ってきた。
「まぁ王子殿下いらっしゃい! どうなさったの?」
この王子は一番のお気に入りだ。
金色の美しい色の髪に、甘い顔立ちがとても気に入っている。
自分の側にいて、自分を賛美するのにふさわしい人だから。
「姫、静かな時間を邪魔して申し訳ない」
わたしのことを「姫」と呼んでくれるところも好きだ。聖女と言われるよりもいい。彼にそう呼ばれると、彼と結婚してもいいかなと思える。
「あなたのことをいじめていた、あのニセ聖女について報告があってね」
「ああ……」
シェリーズ。
わたしが愛人の子として後ろ指を指されている間も、幸せに生きていた女。
使用人扱いをしても、まだイライラが収まらなかった。そのうちに運悪くわたしが聖女に選ばれてしまって、逃げるしかなくなったのだけど。
代わりの聖女になってからも、平然としていたというのだから腹立たしい。
最初からシェリーズが選ばれていれば、わたしはこんな苦労をしなくて済んだのに。
苦々しい気持ちが湧くけれど……王子はきっと、彼女が死んだという報告をしに来てくれたはずだ。
みじめったらしい死に方を聞いて、溜飲を下げよう。
「それで、どうなったのですか?」
「ニセ聖女は、国境近くで馬車から逃亡したのですが……運が良かったのか、隣国の国境の向こうへ侵入できてしまったようです」
「え!? じゃあ逃げきってしまったの?」
思わず立ち上がったわたしに、王子は「いえいえ」と首を振る。
「死体というか、残骸は見つけました。血だらけの囚人服があり……。ただ、死体は山の魔物に食われたのか、跡形もなかったのです。そして護送していた兵士達の遺体がみつかりました」
「どういうことですか?」
シェリーズが死んだのに、兵士まで?
首をかしげたら、王子が教えてくれた。
「おそらく、国境を越えてしまったので、アインヴェイル王国の人間に殺されたのです。兵士が戻ってこないため確認に行った者が、アインヴェイル王国のクラージュ公爵の姿を見たと言っていたので、有無を言わさず抹殺されたのだろうと」
「冷酷公爵のことね」
個人名はなんと言ったか忘れたが、灰色の結んだ長い髪と灰赤の瞳のことは覚えている。
「あの男……許せないわ」
アインヴェイル王国にいた時、綺麗な男だったから側に侍ってもいいと許可してやったのだ。
しかしあの男はわたしの美貌に感心するでもなく、置物を見るような目を向けた。
あげくアリアが下手に出て行ったというのに、伸ばそうとした手を払い、アリアに剣先を向けたのだ。
あまつさえ「聖女ならもう少し身を律するのだな」などと言い捨てた時の、あの灰赤の目の冷たさ。
屈辱だった。
あの公爵から爵位を取り上げてと言っても、一切うなずかないアインヴェイル王家とか、逆にわたしが悪いと言う神殿の人間達に怒ったり、神殿の人間を入れ替えさせたりしているうちに、いつの間にかあの国全体が憎くなって、まぎれていたけれど……。
「今度こそ後悔させてやる」