公爵様のお屋敷は素晴らしかった
公爵邸は見上げるほど大きく広い、白壁に青い屋根の美しい館だった。
三階建てかな?
部屋数も100は下らなさそう。
庭も含めたら、ラーフェン王国の大神殿ぐらいの規模はあるんじゃないだろうか。
そこではたと気づいた。
ディアーシュ様ってご家族はいるんだろうか?
急に見知らぬ子供を連れて帰って……身内の反応は大丈夫なのかな。
年齢から、隠し子とは思われはしないだろうけど、ご両親がいたら「子供を拾ってきてどうするんだ」程度のことは言われそうなものだけど。
(使用人の反応は――)
少し離れた場所にいたディアーシュ様の前には、
家令らしい初老の男性や使用人達が勢ぞろいしている。主を迎えるためだろう。
ディアーシュ様と何事かを話していた家令は、ふいにこちらを向いた。
私をじっと見た後で……にこっと微笑む。
(思ったより好印象?)
一体どんな説明をしたのか、気になったけど……はっと気づいた。
そういえばこの国の人たちは、随分と子供に優しかった。きっとこの家令も同じなんだろうな。
見た目からすると、家令のおじさんには私は孫とか遅くに生まれた娘みたいな年齢でしょうし。もしくは本当に近い年齢の子供がいて、同情してくれたのかもしれない。
アインヴェイル王国は良い国だなぁ。
気づいてみれば、使用人達も少しワクワクしたような顔をしながら私を見ていた。じっと見つめていたわけではなくて、チラッと横目で確認する感じだ。
それでも好意的かどうかはすぐわかる。
公爵邸での生活は、穏やかなものになってくれるかもしれない、と期待できた。
その後ディアーシュ様が、私の所へやってきた。
「部屋を用意させるからそこに住め。そして錬金術の必要物のリストを作ったら、誰かに渡して私の所に届けるように。日用品や衣服なども揃えるように命じておいたが、不足があったらあの家令に言うといい」
用件を告げると、ディアーシュ様はすぐに公爵邸に入ってしまった。
素っ気ないというか。でもディアーシュ様らしいなとも思う私は、かなり彼の態度に慣れてしまったようだ。
「さ、私達も入りましょう」
アガサさんがそううながしてくれる。気づけば部屋へ案内するメイドが側に来ていた。
赤い髪の妖艶な美女だ。
まとめられていてさえ、色香を増すようなその赤い髪もうなじのラインも、つややかな唇も、なにもかもが女性としてこのうえなく魅力的に見える。
微笑まれて、なぜか私は心にときめきを感じてしまった。
年齢的には二十代半ばのお姉様なメイドは、私に話しかけてきた。
「今日からお世話を担当することになったナディアよ。よろしくね?」
「り、リズです。よろしくお願いします」
「緊張しちゃって可愛いわね。アガサさん、荷物を持つわ」
「ありがとうナディア」
妖艶な美女メイドのナディアさんは、アガサさんに渡された荷物をひょいと持ち上げる。
そうして私達を先導してくれた。
広い大理石のエントランスホール。
窓からの光が反射して、さらに明るい水晶が柱に使われた廊下。
絵画も花も飾られていない公爵邸の中は、主であるディアーシュ様そのもののように美しくも静謐さの中にたたずんでいるように見える。
あちこち見るのに必死で、思ったよりもすぐ私の部屋という場所に着いたのだけど。
「こんなお部屋を貸していただいていいのですか!?」
びっくりした。
大神殿の聖女としての部屋ぐらいはある。
私絶対に、使用人部屋みたいなところを割り当てられると思っていたのに。とても拾った平民の子供に与える部屋じゃない。
内装も、貴族の来客を宿泊させるような、豪華なものだ。
白木の書き物机に椅子、長櫃に寝台。
ちょっとした棚は空だけど、私が長期滞在するのを見込んで、何を入れてもいいようにしているのかな。
窓辺のカーテンの色は柔らかな薔薇色。
絨毯はそれよりも茶色みの強い色で、落ち着いて過ごせそうな感じでほっとするけど……美しい模様が入っていて、高級品だということは一目でわかる。
「あの、何かの間違い……」
「ここよ。公爵閣下が事前に魔法の鳥を使って知らせてきたの。大事な客を滞在させるから、そのつもりで部屋を用意するようにって」
「お客……」
雇用主のような気分でいたのだけど、ディアーシュ様にとって私はお客だったらしい。
「まだ子供だと聞いたから、家令もメイド長も内装に頭を悩ませたみたい。だけど公爵閣下のお客なら、きっとフリルとピンク色でいっぱいの部屋よりは、すっきりしている場所の方が納得できるだろうって、こうなったのよ」
私はまだ挨拶をしていない家令とメイド長に感謝した。
フリルとピンクでいっぱいの夢かわいい部屋にされていたら、落ち着かなくて仕方なかったに違いない。
内心でそんなことを考えていると、ナディアさんが寝台に近い場所で手招きした。
そこには扉があって、ナディアさんが開けてみせると、ドレッシングルームになっていた。
だけど。
「え……」
「どれでも好きなものを着てね。急きょ揃えたものだけど、きちんと質と縫製も確かめているわ」
なんと、すでにいくつもの服が収まっていた。
普段着として考えているのだろう、スカートにブラウスだけならまだしも……。
明らかにパーティーや貴族の前に出られるような、きらびやかなドレスも数着用意されている。