公爵様の屋敷へ
次に起きた時には、けっこう回復していた。
ただ面倒をみてくれるアガサさんが「もう少し休むべきですよ」と言うので、大人しく従ってほとんど寝て過ごす。
その間、頭の中で考える。
(何が必要かな。水晶、エメラルド、ガラス、金、硫黄、琥珀に翡翠……高価すぎかしら)
普通に言ったら、びっくりされるかもしれない。ちゃんと最初に、クズ石や色が綺麗ではなくてもいいと付け加えないと。
水晶だけは、絶対に品質がいい物の方が最適だけど。
ある程度まとめたら、アガサさんに頼んで紙をもらい、書きつけていく。
(頼むのも、できるだけ早い方がいいものね……)
戦闘が起こった時の状況を考えると、この国ではあちこちで同じような事が起こっているはず。おそらく国境の砦にいる人たちも、帰省もなかなかできないのでは?
私達だってディアーシュ様がいなければ、全滅してもおかしくはなかった。
旅をする一般人はもっと状況が悪いはず。
村や町の間を走る馬車だって、絶えてしまったのではないかしら?
物の輸送が滞ったら、すぐに食糧難になりかねない。穀倉地帯から予想することもままならないのだろうから。
(だからディアーシュ様は、子供の力でもいいからと、手を尽くそうとしているんだと思う)
切羽詰まっているんだ。
たくさんの人が死んでしまうかもしれないから。
実際に、いろんな人が死んでしまったんだと思う。だから子供の私にみんな優しい。
――魔物に対して最も無力なのは、子供。
今回のことで命を落とした子供を、 ディアーシュ様もカイも、アガサさんも見てきたんじゃないのかな。
(私に優しくしてくれた人たちが、安心して暮らせるようになってほしい)
だからなるべく早く、魔力石だけでも作れるようになっておきたかった。
(とはいっても、薬については私も作れないものがたくさんあるから……)
錬金術は、基礎知識を覚えるだけでもそこそこ努力が必要だ。そのせいで識字率の低い平民にも広まりにくかったし、楽をして大きな結果がすぐ欲しい貴族達は嫌った。
食べられないほど高い場所にあるリンゴが、どんなに甘そうでも手に入らなくて「すっぱいに違いない」と悪口を言うように。
私に錬金術を教えてくれた薬師の先生は、『覚えるのは薬師になるのとそう変わらないと思うがね』と言っていた。
「そういえばこれ、渡し忘れていたわ」
考えつつ書いていた私に、アガサさんが何かをポケットから取り出して渡してくれた。
「あっ」
赤銅色の金属の瓶。
詳細な模様も、すごく見覚えがある。
サリアン殿下にもらった、魔王の秘薬が入っていた瓶だ!
「あなたの唯一の持ち物だったから。服は大きさが合っていなかったし、罪人用だと聞いたから処分したけど、これは渡そうと思っていたの。細工が見事だから、思い出の品かと思って」
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取る。
たしかに、私がラーフェンから持ち出せた思い出の品なんてこれしかない。
サリアン殿下がくれた、私を救った秘薬。
大事にしようと、アガサさんがくれた私用の鞄に入れておいた。
そして翌日、私は再び旅立った。
今後の行程は安全だという。王都に近い範囲だから、定期的に魔物狩りが行われているそうな。
アガサさんにそう聞いた通り、今度は魔物も出ることはなく、別の町で一泊した後に王都へ到着した。
トゲトゲとした緑の葉が多い木立を抜けると、広がる畑と、その向こうに長く続く石壁が見える。
馬車が走っているのが丘の上だからか、石壁の向こうに数々の尖塔や建物の屋根が少しだけのぞくことが出来た。
「あれが、アインヴェイル王国の王都……」
私のひとりごとに、アガサさんが答えてくれる。
「ええ。王都アルドよ」
私達が乗った馬車は、ややあって門へ到着した。
その間に、行き交う兵士の姿を沢山見た。
たぶん畑を魔物から守るために、巡回しているのだと思う。
(魔術が上手く使えないのなら、戦力を増やすしかない……)
でも兵士を多く雇うほど、沢山のお金がかかる。備蓄もしていると言っていたし、国庫も次第に逼迫していくはず。
ディアーシュ様が出会って間もない子供に魔力石を作る依頼をするのも、そういう部分で先が見えているからでは……。
門を通り抜ける時、先頭で騎乗しているディアーシュ様に手を振る兵士の姿を見た。
強いから憧れと、色々期待をしているんだろうな。
馬車は王都を移動していく。
歴史を感じさせる灰色の石畳の道。
煉瓦の建物が立ち並ぶ様子や、綺麗にされている道などはアインヴェイル王国の国力を感じる。
ある程度の余裕がなければ、人は道の掃除なんかに気が向かないから。
ただ歩く人の姿は少ない。
活気も……ちょっとないかな。表情も暗い気がする。
公爵邸までは思ったよりは時間がかからなかった。
町中にしては大きな敷地に、彫刻がほどこされた石の門は歴史ある家だと感じさせる。門衛の兵士が鉄の柵を開け、馬車ごと敷地へ入る。
エントランス前に止まったところで、アガサさんが先に降りて声をかけてくれた。
「さ、いらっしゃい」
「はい」
私はアガサさんの手をかりて、馬車から降りた。