錬金術ですがいいんですか?
「あの、錬金術なのですが本当にいいんですか?」
だからこそ確認しておきたかった。
買い取った公爵様が、困ったことにならないかと心配になったのだ。
魔力石を買ったら、公爵様は誰かに配ったり売ったりするだろう。その先は、たいてい貴族や王族だ。でも先方が錬金術の品だと知った時、あれこれと心無いことを言われたら嫌だし。
その結果……私の首が飛んだら困る。
(せっかく嘘までついて生き延びたのに、意味がなくなるわ)
心配で気をもんでいると、公爵様に不思議な反応をされた。
「もちろんだ。むしろ錬金術の何が悪いんだ? この国ではあまり発達しなかったため、次第に忘れ去られたという話は歴史として知っているが」
意外な話が出てきた。
「アインヴェイル王国に錬金術師はいなかったのですか?」
私は目を瞬いてしまう。
まさかの理由だった。この国ではあまり知られていないがために、錬金術師に対する偏見がないのか。
公爵様のこのふわっとした反応も、アインヴェイル王国の人にとってなじみがないせいだったらしい。
「そうらしい。お前の故国ラーフェンでは隆盛し、やがて魔法にとって変わられたようだが。どういう理由かはわからないが、アインヴェイル王国では錬金術師の話も聞いたことがない。今のラーフェンでは、何か違うのか?」
「ラーフェンだと、錬金術師に頼るのは魔法も使えない無能のように思われるので、特に貴族には嫌がられるのです。魔力の少ない平民が主に使っていたという事情からだと思います」
「それでお前はさっきから、後ろめたそうにしていたのか」
公爵様には、私が「大丈夫かな、嫌がられないかな」と心配していたことが伝わっていたらしい。
「この国ではそんな心配はないだろう。私も気が向いて調べたことがあったから、なんとか思い出せたぐらいだ。ラーフェン王国と取引をしていた貴族なら、何か聞いたことはあるだろうが、偏見はそれほど強くないだろう」
「よかったです。それでしたら公爵様に魔力石や薬を作ってお譲りするのは問題ない……」
そこで私は言葉を止めた。
全く問題ないわけではない。
ラーフェンでも錬金術師の数は少ない。そんな中、急にアインヴェイル王国で錬金術の品が流通し始めたら、どう思うだろうか。
聖女シェリーズ(私)が錬金術の知識があることを知っている人はいくらかいる。アリアだって覚えているかもしれない。
せっかく私の死を偽装したのに、すぐに疑われては困る。
ちょっと考えて、私は言い直した。
「すみません。ラーフェンで私が錬金術の知識があることは割と知られているんです。ただ聖女様と一緒に殺されるはずだった私が、アインヴェイル王国でのうのうと生きているとすぐにわかっては、あちらから何か言いがかりをつけられるかもしれません」
公爵様もそれには同意のようで、うなずいてくれる。
「だから何か、錬金術の文献を見つけたとか、そういう理由から、公爵様の配下に錬金術を学ばせたとか、理由を作っていただくことはできますか?」
これなら、アインヴェイル王国が独自に錬金術の技術を復興させたと思わせられる。
私の存在感も消せてバッチリだ。
すると公爵様は、珍しく目を見張った。
「お前は……」
「?」
何かおかしな事言っただろうか。不安になる私に、公爵様が言う。
「ずいぶんと賢い子供だな。だから聖女の付き人に取り立てられたのか」
それは独り言だったみたいだ。
でも賢いと言われて、悪い気はまったくしない。
実年齢の近い人に子供扱いされるのは、どうも落ち着かない気持ちになるけれど。
「いいだろう。お前の言い訳を多少変えて、この国のへき地に錬金術を伝える一族がいたことにでもするか。それを私が招へいしたことにする。それで、公爵家の屋敷に滞在する子供がいても、おかしなことはないだろう。いいな?」
ディアーシュ様は私の提案を受け入れてくれた。
確認されて、私はうなずいた。
「ありがとうございます。それでしたら、公爵様のお求めの通りに錬金術で薬や魔力石などを作りたいと思います」
「わかった。屋敷に戻った後になるが、契約書も書かせよう」
公爵様は几帳面なのか、子供にもきちんと契約書を渡すつもりらしい。
そこで話が終わるかと思ったが、一つ付け加えられる。
「あと、この国にも公爵は複数人いる。魔力石の取引などに関係して、もし会った時のためにもまぎらわしいので、名前で呼べ。ディアーシュと」
「でも公爵閣下の家名をお呼びした方が……」
クラージュ公爵閣下とか、旦那様とか言う方が自然では?
「子供がかしこまった言い方をするのも、不自然だろう。そういったものは、もう少し成長してからでよい」
「では、ディアーシュ様、でよろしいですか?」
「ああ」
公爵様改め、ディアーシュ様は満足そうにうなずいたのだった。
「まずは体を治せ。治療が必要な者が多いので、もう一日ここに滞在する。それでも明後日には出発する。その後回復したら、錬金術のために必要な材料を書き出して渡すように。極力全て用意させる」
そう言って、ディアーシュ様は部屋を出ていき、私はもう一度眠った。