公爵閣下のお求めは
「負傷者もいるからな。動ける人間がやればいいことだ」
公爵様が肯定した。
いや、そういうものじゃないでしょうに……。あなた公爵閣下ですよね?
思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
でも、アインヴェイル王国だと普通のことなのかも?
雪深い北国では、できる者が分担して厳しい冬を越えるために協力しなければならないから。
だとしても、公爵様のような身分の方がやることではないと思うのだけど。
「今は夜中だ。一応起きた時のために、食べるものが用意してあるが?」
言われて気づけば結構お腹が空いていた。
「あの、お願いできますか」
「歩けるならテーブルの前に座るがいい。難しければそのまま待て」
「がんばります!」
さすがに公爵様に運ばせるのは申し訳ない。
私は起き上がって歩いてみることにした。
だるい感じはあるけれど、歩けないほどじゃない。
魔物の襲撃からずっと眠っていたから、魔力も日常生活に支障がないくらいには回復していたんじゃないかな。
ソファーの前に私が座ると、公爵様が部屋の隅に置いてあったトレーを持ってきて、置いてくれる。
半球状のドームカバーを外すと、中にポタージュスープとパンがある。
「アガサが、魔力を使って倒れたなら、目覚めた直後に重たいものは食べられないだろうからと、スープとパンだけにしろと言っていた。足りなければ、何か用意させるが」
「いえいえ、これでじゅうぶんです!」
お腹は空いているけど、体の重だるさがひどくて、沢山口に入る気がしない。
公爵様は、それならとスープを魔力を使って温めてくれる。
じゃがいものポタージュスープから、湯気と一緒に美味しそうな香りが漂ってきた。
「いただきます」
とりあえず私お腹を満たすことを優先する。
だるい体も、塩気のあるスープを飲んでいると良くなってきた気がする。柔らかいパンをお腹におさめて水を飲んで人心地ついたところで、はたと考えた。
こんなに柔らかいパンが出て、しかも広い部屋まで備えているなら、貴族専用の宿なのかな。
「すみません、ここはどこでしょうか?」
「あそこから一番近い街の、領主の館だ」
宿ですらなかった。
道中の貴族の家に立ち寄って泊まらせてもらったらしい。
「薬師の手配もしてもらうためにも、領主の館の方が都合が良かった」
領主なら薬師がいるはずなので、すぐ呼びたいのでそうしたらしい。
「怪我人がたくさんいたんですか?」
死ぬか生きるのかで頭がいっぱいで、とにかく魔力石に集中していたから、怪我人の人数についてはあんまり意識していなかった。大怪我を負った人もいるんだろうか。
すると公爵様は不思議なことを聞いてきた。
「お前は薬も作れるのか?」
私は答えをためらう。
作って作れないことはない。材料さえあれば。
錬金術とはそういうものだ。
魔力を閉じ込め、世界の理を閉じ込め、そうして様々な効果のあるものを作るのが錬金術だ。
ただ、どうして私にそんなことを聞いたのかがよく分からなかった。
「どうしてそんなことを、私にお尋ねになるのですか?」
その質問に対して、公爵様がまっすぐに質問してきた。
「お前は錬金術師なのだろう?」
「……あ……はい」
うなずくしかない。
別に隠すようなことではないし。
アガサさんは魔力石の作り方を見ていたし、普通の魔法使いではないということはすぐわかっただろう。その上公爵様のような知識があれば、すぐに錬金術師だと気づいたに違いないし。
自分から申告しなかったのは、ラーフェン王国の貴族は錬金術を蔑んでいたからだ。
アインヴェイル王国ではどうかわからなかったし、錬金術を使えると知った時に、私のことを嫌になって捨てるかもしれないという不安があった。
けれど公爵様は相変わらず淡々としていて、特に嫌悪感も不安感もないらしい。
「昔、うっすらとだが聞いたことがある。錬金術では魔力石も薬も作れると」
私は内心で驚く。
むしろ貴族でそれを知っている人の方がすごい。
基本的に貴族にとって、錬金術の怪しげな『魔法のまがいもの』と認識をされているから。
平民の誰かから聞いたのかな……?
そのあたりはまあ、突っ込んで聞いても仕方ないか。
そう判断して私は改めて、公爵様の質問に答えた。
「薬ですが、標準的なものなら作れないこともないです」
基本的には普通の薬師が作る薬を、私は錬金術で違う材料から作成が可能だという感じだ。
実際には特殊なものもあるけれど、私が作り方を知らないものも沢山あるし、材料も希少なものだったりする。
あんまり何でも出来ると言うと、一瞬で傷が治るような薬を想定されると困ってしまうので、曖昧な言い方をしてみた。
「そうか、今それほど必要ないが……。もし希望したら、作った薬を売ってもらうこともできるのか?」
「!?」
思わず目を見開いてしまう。
え、なに。公爵様は今、私に薬を作って売ってくれって言った!?
魔力石だったらそう言われるかなと思ったんだけど。