SS 公爵家に来たばかりのある日
8/11フロースコミックさんにて、コミカライズ開始しました!嬉しいのでSS書きました!
「リズ、今日は何をしているの?」
神殿の聖女としての私の部屋にやってきたのは、まだ12歳の幼いサリアン王子だ。
身長はすくすくと伸びて来ているけど、顔立ちも言動もまだ子供らしくてかわいい。
なにより自分に懐いてくれている。
それだけで私――リズは嬉しいのだ。
たぶん、家族に恵まれなかったせいだろう。本当の弟みたいに可愛い。
そんなサリアン王子の方も、複雑な事情を持っているようだった。
王子様ともなれば、沢山の人にかしずかれて大切にされているはずなのに、サリアン王子はどこかさみしがりだ。
それをめったに表には出さないけれど、リズと二人きりの時には普通の子供のように甘えてくれるから、なんとなく察してしまう。
だからこそ、私とサリアン王子の疑似的な姉弟関係の絆は強くなったのだと思う。
他の誰が自分を敵視しても、相手だけは決して見離さないと信じられるくらいに。
同時に、自分のために危険なことをしてほしくないから、どんなに辛くても相手は安全な場所にいてほしいと願うくらいには。
そんな弟のようなサリアン王子に、私は言う。
「今日は傷薬を作っていました。今度視察に行く場所でも、農作業や山での作業で怪我をする人は多いでしょうから、きっと役に立つと思うのです」
正直、本物の聖女の力のように一瞬で治癒できない限り、人々はそれほど感動してはくれない。
特に魔法を使えることが重要だと思われているこの国では、怪我の薬はお金のない人ぐらいしかありがたがってはくれないけど、無料だとわかれば使ってくれる。
まったくの無駄ということにはならないので、私はいつも傷薬や軽い風邪に使う薬を作るようにしていた。
無駄な努力では、と顔をしかめる神官もいる。
でもサリアン王子は、そんなことは言わない。
これが私の趣味を兼ねたものだとわかっているせいもあるだろうけど。作らなくなると、技術や知識がどんどんさび付いてしまうものね。
そしてサリアン王子に天秤で材料を測ってもらったりして、楽しく薬を作っていたのだけど……。
ふっと目を覚まして、これが現実ではなかったことを思い出す。
今の私はサリアン王子から離れた、隣国にいるのだ。
「懐かしい夢」
平和だった日々を思い出すと、少し切なくなる。
でも今は前を見ていかないと。
「たとえこの国の状況が思わしくなくても、それならなおさら改善の手伝いをして、もっと良くしていくのよ」
何より、この国の優しい人たちの助けになりたい。
故郷よりも優しく自分を迎えてくれたから……。
そんなことを思いつつ、私はベッドから降りて身支度をはじめた。
今日もがんばって魔力石を作らなくては。