エピローグ1
問題を解決した後、私達はアインヴェイル王国の王都へ戻った。
けれど私は公爵邸に行くのではなく、王宮の片隅でごやっかいになることにした。
なにせ姿が子供に戻らない。
私のことを子供だと思っている人ばかりのところへ、何の準備もなく戻るわけにもいかない。
それに疲れきっていたこともあり、女王陛下がひっそりと休める場所を提供してくれたのだ。
同じようにサリアン殿下も、ディアーシュ様に助けられて保護された、という形で王宮に滞在していた。
だけどお互いに休むことが必要だったから、久々に再会したのは一週間後のことだった。
「ごめんね」
春の陽射しが降り注ぐアインヴェイル王国の庭で、四阿にいたサリアン殿下はそう言った。
春とはいっても早春。
空気はまだ涼しすぎるので、外でお茶を楽しむものではないと思うけど、温石があるので問題はない。
もう少し温かくなると、逆に温石も暖石も暑く感じてしまって使えなくなる。しばらくは生産しなくても良くなるだろう。
「なぜ謝罪を? 私は助けていただいてばかりだったのに……」
私がそう言うと、サリアン殿下は苦笑いする。
「リズを騙したりしてたから。でも、リズを守るためだったんだ。違う魔王が与えた力は、僕では消せないから」
サリアン殿下は話してくれた。
自分は魔王の器だったと。でもまだ幼いせいで、魔王の器になることはできない。
だから魔王の協力を得て、ラーフェンから私を逃がすことしかできなかった。
魔王であるレド様の方も、違う魔王が関わることに、手を出すのは難しい。だからラーフェン王国では私を救うことができなかったのだ。
「それで、アインヴェイル王国に行くように仕向けたんですね?」
サリアン殿下はうなずいた。
「剣は跳ね返すようにしていたんだ。それでレドの薬を飲めば、姿を変えて逃げられる。そしてアインヴェイル王国は子供に比較的優しい国だから、子供の姿なら大丈夫だと……」
サリアン殿下は、喉をうるおすようにお茶を飲む。
「そして異国人だとわかれば、その頃国境付近に炎の魔王の器がいただろうから、保護されると期待していたんだ。なによりリズの錬金術は、魔法が使えなくなった国でこそ真価を発揮する」
「それで……私をディアーシュ様が側で守ってくれるだろうと?」
「上手く行かないようなら、レドが君の持つ瓶を通して、彼に接触したはずだよ。炎の魔王の器だからこそ、あの聖女が唯一精霊の力を使っても殺せない人物だったから。でも、その必要はなかったらしいと聞いてるよ」
サリアン殿下が、そこまで考えていたとは。
そして結果的には、殿下が考えた以上の成果があった。
アリアから逃れるどころか、彼女の力は消滅し、彼女もいない。
「僕はラーフェンに戻るよ。あの聖女がひっかきまわした国の後始末もあるし」
王子であるサリアン殿下が、異国に留まり続けるのは難しい。そして殿下が器であるからこそ、戻らなければラーフェン国王が大騒ぎをして、アインヴェイル王国に難癖をつけるだろう。
「今、無事に僕が戻ってアインヴェイル王国の公爵閣下に助けられたと言えば、国王達もアインヴェイル王国に頭が上がらなくなるだろうし。リズは……どうするの?」
尋ねられて、私は答えに詰まる。
女王陛下達にも、私の自由にしてもらっていいと言われている。
ただ心配なのは、助けてくれたサリアン殿下のことだ。
ラーフェン王国に戻ったサリアン殿下は、またひとりぼっちになるのだ。今度は私も魔王の器について知ったのだから、もっと寄り添ってあげられるのに……。
自分もまた、サリアン殿下のことを家族のように思っていた分、切ない気持ちになる。
そこでふと、サリアン殿下が言った。
「行ってあげるといいよリズ」
「?」
首をかしげ、サリアン殿下が見ている方を向く。
「ディアーシュ様……」
少し離れた場所に立っているディアーシュ様。
警備のための騎士や近衛兵よりも遠くにいるから、言われなければ気づかなかった。
「きっとリズを待ちくたびれてる。あと、たまに遊びに来ていいかな? 僕にとっての『お姉さん』は、リズだけだから……」
微笑みの中に寂しさがのぞく。
女王陛下からも先に事情を教えてもらっていたけど、サリアン殿下は寂しかったのだ。
レド様の次の器であり、ラーフェン王家は魔王とのかかわりを伏せていた。
そして魔王の話は家族にも口外しないようにしていたらしい。
国王と器になる人間だけが知る極秘事項になっていたため……強い魔力を持つサリアン殿下は、国王に大事にされているらしいということで、王位を末っ子可愛さにサリアン殿下に与えてしまうのでは? と疑われてしまったらしい。
第一王子と第二王子、そしてサリアン殿下の母が違うせいで、王位争いは母方の貴族達の間で加熱し、サリアン殿下も巻き込まれそうになった。
サリアン殿下は、弱々しい子供を装うことにした。
すでに魔王であるレド様との交流を始めていたサリアン殿下は、レド様の入れ知恵によってそう行動したそうだ。
だから兄弟は頼れなかった。
諦めきって、家族などいないものだと思っていたサリアン殿下。
しかし今度は何も知らない貴族達が婚約者を紹介して来て、そこからまた王位争いに引きずり込まれるのを警戒していた頃――出会ったのが私だった。
最初は、神殿に出入りすることで、神官になりたがっていると思わせるつもりだった。
けれど裏表のない、陰謀とは縁がなさすぎる私だったらと、姉のように慕うことができたらしい。
――唯一の家族と思った人なんです。
サリアン殿下はそう言っていたという。
「もちろんです」
微笑むと、サリアン殿下も笑みを返してくれた。