再び魔王に挑む
再び山道を行く。
夜行動するために、夜明け前から山へ。
馬を待たせていた場所で一度休んで、夕刻すぎに魔王へ挑むことになった。
今度も、一緒に行くのは私とアガサさん、カイ。
残る騎士達は、やってくるだろうアリア達を待ち受け、足止めを頼む。
赤黒い山頂付近を進んだ。
しかしその地面の色も見えなくなっていく。
ただ完全に真っ暗にはならない。
火口付近からの光で、ほのかに明るい。たぶん、溶岩の光。
それでも足りないので、アガサさんが光の球体を三つ作る。
「アガサ達はそこにいろ」
魔王の近くにあった岩の側で、私達は立ち止まり、ディアーシュ様だけがさらに火口に近づいた。
「今日は……いない?」
まさか魔王が出て来ないなんてことがあるだろうか。それはマズイ。こんな状況でアリアに会うわけには。
不安になったけど、それは無用のものだった。
ふっと当たりがより明るくなる。
周囲の温度が上がった。
そして感じる圧迫感。たぶん、強い魔力を持つ者が来た。
気づけば、白く煙る蒸気の合間に、浮いている魔王の姿があった。
いつの間にか手を握りしめていた私と違い、ディアーシュ様は冷静そうだった。
「……今度は、器になるために来た」
静かに魔王に語り掛ける。
「代わりに、お前が力を与えた娘から、力を取り上げたい」
私はかたずをのむ。
これは作戦だった。
魔王には、ディアーシュ様が器となることを了承したと思わせる。
一度攻撃していることで警戒しているだろう魔王に、それでようやく、前回と同じくらいの油断をさせられるだろう。
ディアーシュ様そっくりの魔王は、うろんなまなざしをむけていた。
『信用できる言葉なのか?』
「信用してもらうしかないだろうな。前回、あれだけ私は慎重にことにあたったつもりだったが、それでもお前を出し抜くのは無理だったのだ。これ以上できることはない。だが急いでいるのだ」
急ぐ理由はわかっているんじゃないだろうか。
だから信用したのだと思う。
『いいだろう』
魔王がゆるゆると降りてくる。そしてディアーシュ様の前に立った。
でもまだ動いてはならない。
心臓が飛び跳ねそうでも、失敗したらディアーシュ様を失う怖さで震えていても。
ふいに魔王が、私達のいる岩山の方へ視線を向けた。
『あれらは何だ?』
「私の最後を見届けて、女王に報告するためにいる」
『見届け……見届けか。そうだな、以前もそうだった。嫌がる私をひきずって……』
ディアーシュ様の言葉に、今の器になっている人の記憶がよみがえってしまったのか、魔王の言動が怪しくなる。
「早くしろ。お前が呼んだのだろうあの女が、我が国にこれ以上混乱をもたらさないうちに」
促されて、魔王は不快気な表情ながらも行動を再開した。
ディアーシュ様に手を伸ばす。
(今回は直接触るんだ)
私は、前回みたいに離れた場所から、また自分の魔力で作り上げた鎖のようなものを伸ばしてくるのだとばかり思っていた。
(じゃあ、魔王はディアーシュ様の言葉を信じてる?)
好機だ。
私は袋を握りしめる。
作った魔王用の砂。
これをばらまいてもらうアガサさんと視線をかわし、砂袋の口を緩めた。
『では、最後の願いだけは叶えてやろう』
ディアーシュ様の肩に触れた魔王の体から、赤黒い炎のようなものが立ち昇る。
幻影なのかもしれない。ディアーシュ様の服を焦がすこともなく、だけど炎に取り巻かれたディアーシュ様が苦しそうに表情をゆがめた。
『早く抵抗をやめるのだ。その方が苦しみは一瞬で終わる。今の器の男は、抵抗しすぎて一時間はのたうち回った。無駄なことはやめておけ』
魔力の浸食が起こっているのだろう。
ディアーシュ様がその場に膝をつきそうになる。
それを留めるように、魔王がディアーシュ様の腕を掴んだ。
その瞬間だ。
「アガサ!」
苦し気な叫び。でもそれが合図だ。
私が砂袋を投げ、アガサさんが風で吹き飛ばす。
アガサさんの風は、直接魔王を攻撃するものじゃない。高く舞い上げて、降りそそぐ砂こそが重要だ。
『なっ、あっ……』
砂が舞い降りると、とたんに魔王が苦しみ出す。
そしてディアーシュ様から一度手を離しかけたが、今度はその手をディアーシュ様が上から抑えた。
「早く。お前が呼んだあの女が来る前に!」
何も知らずに聞けば、苦しんでないでさっさと器の乗っ取りを終わらせろと要求しているような言葉。
実際は、その前に魔王を操るという宣言みたいなものだけど。
『う……? なん、なんだ!?』
魔王は素直に信じてしまったせいか、戸惑った声を上げた。
『これは、器の記憶が、次々浮かんで……嫌、なぜだ。どうして闇の魔力を感じる!?』
レド様の魔力に気づいたみたいだ。
アイテムの内情を知らせていないディアーシュ様だったが、今はそこを追及している場合ではないので、聞き流したようだけど。魔王には重要だったらしい。
『まさか、力を与えた女が闇のいる国へ行ったからか?』
しかも盛大に勘違いしてくれてる。
よし、と思った時だった。