魔物の襲撃
馬車は快調に進んだ。
道は舗装されていないので、ガタガタと揺れるけれど、クッションをもらって左右を固め、下にも一枚敷いているので痛くはない。
正直、ラーフェンの聖女が乗る馬車よりも快適だった。
(あの馬車、地方への視察で乗ると、必ず腰が痛くなって、おばあちゃんになった気分だったな)
装飾だけは過多だけど、座席は固いし、クッションを持ち込んでなんとか……という感じだった。
もしかするとアインヴェイル王国の馬車は、何か仕組みが違うのかもしれない。
そんなことを思いつつ、一度休憩をとり、再び馬車が走る。
「もう少し進めば、次の町に到着するわよ」
「けっこう急ぐんですね?」
馬車の速度もけっこう出てるし、休憩時間も最低限。
公爵様の旅なら、もっと優雅に進むものだと思ってた。
いや、なんかお顔や姿形はとても麗しいのに、武骨さ全開のあの公爵様には、優雅な旅は似合わないなとは思うんだけど。
本人もがっちりと実用的な旅装だったし。
連れてる馬車も、私とアガサさんが乗っているこれと、なにかしらの荷物を載せた一台だけ。荷物だってほとんどがみんなの私物を少々と、ほとんど食料。
公爵様の旅にしては質素だ。
密命を受けた騎士団の部隊が移動しているだけ、みたいな感じになってる。
「仕方ないことなのよ」
アガサさんが苦笑いした時だった。
馬車が急に速度を落として止まる。
「何が……」
思わず窓の外を見た私は、ハッと息をのんだ。
行く手に、灰色の人よりも大きな生き物がいた。
いや、魔物を生きていると定義してもいいのか……ちょっとわからないけど。
警戒して剣を抜く先頭の騎士達の、二倍の大きさがある直立した白灰色の狼のような魔物は、恐ろしいことに沢山いた。馬車の中からじゃ、数がよくわからないけど。
「閣下、魔狼を30体確認しました。木立の向こうにも、まだいるかもしれません!」
誰かが報告してくれて規模がわかったけれど、私は真っ青になるしかない。
「なぜ魔狼がそんなに……!?」
誰かが震える声で独り言を口にしていた。が、こんな時でも公爵様は冷静そうだ。
「増えすぎたんだ。もう少し狩っておくべきだったか」
でも声は嫌そうな感じだ。というか、この状況で嫌そうな言い方をするだけで、表情に変化がない方がおかしい。
公爵様は馬車の方に寄ってきて、私に向かって言った。
「命を守る最善の行動を取れ。基本的には我々で討伐するが、守り切れないこともある。アガサ、任せた」
「かしこまりました」
アガサさんが座席に座ったまま頭を下げた。
公爵様はすぐに馬を降り、ゆっくりと魔狼の方に向かった。
「え、ええと。厳しい状況なのですか?」
悠然としている足取りなのに、公爵様の言葉はけっこう厳しいものだった。一体どうかんがえていいのやら見当がつかない。
アガサさんはうなずく。
「相当に厳しいわ。万が一の場合は、公爵閣下は無事でも、他の者は全滅するかもしれない」
「そこまで……!?」
私は目を丸くする。
公爵様だって、さすがに精鋭を連れて来ているはずだ。
少なくとも十人いたら、それなりに善戦はできると思うのに。
アガサさんは固い表情で、馬車の座席の下から剣を引っ張り出した。その後は柄を握りしめて、窓の外を注視する。
私も同じように外を見て、始まった戦いの様子に息をのんだ。
剣を構える兵士や騎士達。
けれど魔狼の腕の一振りに、無残にも弾き飛ばされては立ち上がる。
振り下ろした剣も、威力は弱い。
固い毛皮の上を滑っているみたいで、傷を負わせるのも難しい。
おかしい。
――ほとんど魔法の煌めきが見えない。
まるで使っていないみたいに……と思ったら、アガサさんが答えをくれた。
「見てわかるかしら? 魔法の威力が落ちているの」
「威力が!?」
アガサさんの話は、とんでもないものだった。
魔法の威力が落ちたら、魔物の討伐だって上手くいかない。だから街道で魔物が現れたの?
「どうしてですか?」
「精霊が少なくなったからよ」
アガサさんは語った。
聖女アリアが精霊がこの国からいなくなるように言い、そのせいで精霊達の多くがアインヴェイル王国から去った。
同時に、魔法の威力も下がったらしい。
「なぜ……」
「おそらく、直接魔法に関わらなくても、精霊が存在することで王国内の魔力が多くなると……公爵閣下はそう推測しておいでだったわ。だから、己の魔力が強くなければ、元のように魔法を操れない。魔法を使えなくなった兵士達を沢山引き連れても、肉の盾にしかならないのよ」
「じゃあ、まさか」
公爵様が、自分の護衛を多く引き連れていかない理由。
万が一の時には自分が活路を開いて、先に逃がすため。
少数じゃないと、素早く逃げられない。公爵様一人では助けられる数が限られる。だから沢山は連れて行けないと判断した。
無駄に沢山の人を死なせないための判断だったと知って、私は身震いするしかない。