聞いてやらん事もない
「——ねぇ、開けてよ」
「さては魔女だなオメー」
「魔女? 魔法を使う女はみんな魔女なのかしら。ところで、あなた髪染めたの? 悪くないわね」
飲み会も終わり宿に帰った。
部屋で寛いでいたら、あの律儀な魔女の声がする。昨日と違って、超視力の魔法を持っていない為姿は全く見えない。とりあえず窓を開けて招いた。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。急に抱きついてきて。恥ずかしいじゃない」
「え? ごめん」
寒いからすぐ窓を閉めようとしたら、まだそこにいたらしく、抱きしめてしまった。
「ふふっ……ねぇ、本当に見えてないの?」
ヒュッヒュ! シュッシュ!
「僕の魔法は日替わりなんだ。今日は君が見える魔法じゃないの。」
ブンッ! ヒュン! ブンッ! ⋯⋯ん?
「本当みたいね。」
先ほどからなにかが僕の目の前を通り過ぎる音がする。
「何してるの?」
「本当かどうか確かめたくて、あなたの身体スレスレでナイフを振り回してるわ。その、それで、本当に日替わりで魔法が変わるのね? お願いがあるんだけど、話だけでも聞いて——」
え? 危ないじゃん。
『クリムゾンバースト』
僕の髪、目が眩い閃光を撒き散らし燃えるように発光する。
魔力の嵐が吹き荒れ、部屋は赤の波動に包まれた。僕の右手に紅の剣が揺らめきながら顕現する。
「え!? 何この魔力!!! 嘘!? 何しようとしてるの!? ちょっとお待ちなさいな!! 私が悪かったわ!!!! やめてちょうだい!!!!」
しょうがないからやめた。
「冗談だよ。建物内で使ったら僕も焼け死んじゃうよ」
「じょ、冗談なのね? 肝が冷えたわ 」
「姿隠しは解ける? カーテン閉めるからさ」
「ええ、しょうがないわね」
パチンッという音と共に魔女の姿が現れた。
髪は乱れ、ローブがだらしなくずれている。彼女はすぐに気づいたようで、恥ずかしそうにそれらを整え出した。
「⋯⋯その剣消してくれる?」
「良いよ」
剣は消え、光は収まった。僕の部屋には平穏が訪れた。
じゃ、お客さんも来たし、おもてなししようかな。
「干し肉でスープ作ろうか。紅茶もあるよ」
「え、ええ。ありがとう。紅茶もその、いただくわ」
おっと。いざ火をつけようとしたけれど、この国のコンロの使い方がわからない。魔石の勝手が分からない。火さえつけば良いらしいけど⋯⋯
うーん、どうしようか。あ、そういえば。
「ちょっと!!! 何してるの!!??」
「? ちょっと火をつけようと⋯⋯」
「その恐ろしい剣をしまいなさい!!!」
クリムゾンバーストを解除した。この魔法、実は詠唱無しでも使えて便利なんだけどな。
「もう! こうやって使うのよ。」
「ありがとう」
コンロの使い方を教わった僕は、干し肉スープを作った。
酒場の料理を持ち帰った分も温め直して机に並べる。紅茶も添えて、それなりに豪華な食事になった。
「こんな頂いて⋯⋯いいのかしら」
「良いでしょ。美味しいね」
「本当ね。この干し肉、変わった風味だけど美味しいわ。旅の途中で買ったの?」
「ついさっきまでは、干し肉が出る魔法だったんだよ」
「そう⋯⋯あの、その、干し肉スープ美味しいわね。すごく役に立つ魔法ね」
「ありがとう。美味しいよね」
ところでこいつは何の用で来たのだろうか。僕を消す為に来てるようじゃないみたいだけど。
「今日はどうしたの?」
「ちょっと話を聞いてほしいというか、場合によってはお願いがあるのよ」
うーん、話? なんだろう。
「なんでも話してよ。聞くだけなら聞くよ」
「ありがとう。その、門の件だけど改めてごめんなさい」
「うん、お金くれたし良いよ」
「え、ええ。それで、言い訳になってしまうのだけれど、実は理由があって」
「料理冷めちゃうから早く話したほうがいいよ。聞くからとっとと全部話して。一息で」
このスープ美味しいし、早く飲んだほうがいい。
魔女は勢いよく息を吸ってから、凄まじい勢いで語り始める。
「すぅー! ⋯⋯森の中で錬金術の素材を集めていたら、精神操作魔法にかかって操られたの。気づいたら門を焼いてたわ。自首して事情を説明しても、入国ゲートを焼くのは重罪だから、取り調べだけでは済まずに裁判になるわ。審判魔法を使って、身の潔白を証明しても、審判員が精神操作魔法に操られたらお終いなの。だから私自分で犯人を探してて。」
めちゃくちゃ早口で捲し立てられた言葉を4割くらい理解しながら聞く。
ええと⋯⋯彼女は操られて、犯罪を犯した。自首しようにも、犯人の魔法で審判員を操られたら人生終了。
だから自分で犯人を捕まえると。
⋯⋯うーん。その犯人が確実に裁判の邪魔をするって思ってるみたいだけど、何で?
「ええ、なんで裁判で邪魔されるって思うの? 流れが分からないよ。」
「私は吸血族、いわゆる吸血鬼で、精神魔法を使う一族に狙われてるの。⋯⋯吸血族って聞いたことある? 鬼族の一種なんだけど」
え? マジィ? 吸血鬼? あと吸血鬼って鬼族だったのか。いきなりすぎて頭が追いつかない。
「審判魔法を使って身の潔白を証明したのに有罪になるとかおかしくない?」
「⋯⋯ええ。私もそう思うけど、実際にはそういうケースも多いの。審判魔法は、裁判においては絶対では無いのよ」
「なあにそれ、怖い」
⋯⋯まあ、僕の故郷でも不審な判決なんてしょっちゅうあった。
上流階級有利の判決で、騒ぎになった事も多かったけど、義憤に駆られて集まった多くの人が、流れるように冤罪で捕まっていくうちに、誰も文句を言わなくなった。
「審判魔法使っていい?」
「え? 使えるの!? 今使ってちょうだい。信じてほしいの」
「ごめん、今日は使えないんだ」
「もう! 何なのよ!」
彼女は立派に尖った犬歯を見せてきて、ね!? ね!? 吸血鬼でしょ!? ほら!? とひたすらアピールしている。
「うんうん、信じるから続きを聞かせて。僕が悪かったよ。」
「私も取り乱して悪かったわ……で、その犯人を探す手伝いをしてほしいの。色々試してみたんだけど、疑わしい人が増えるだけで、確実にこの人って人が見つからなくて。」
「僕は役立たずだよ?」
「きっと役に立つわ。その、あなたの日替わり魔法はどんな魔法も運次第では使えるのよね?」
「うん、聞いたこともないゴミ魔法から、お伽話に出てくるような強力なものまで運次第では出るけど」
「いいわね! 私はその運に懸けてみたいのよ! だから探知魔法とか、闇魔法とか、犯人逮捕に役に立つ魔法が当たった時、手伝ってくれないかしら?」
「いいよ。お金、前払いで欲しいな」
正直、聞いててもなんだかよく分からない話だなぁ。
直にコイツに術を使ったやつ、もしくは事情を知ってるお仲間を見つけて、審判魔法でコイツの身の潔白を証明するって流れでいいのかな。
それって難易度高くない?
まあ、それよりどれくらい払ってくれるのかな? 早く稼いで来て欲しい。
「ええ、えっと50万フロスタでどうかしら……? 場合によっては後で追加で出すわ」
「うん、いいよ。でも、不思議だな。僕が役に立つとして、なんで信用されているか分からないね。どっちみち引き受けるけど、気になるかな」
「これは単純な話よ! これでも人を見る目には自信があるわ! あなたはクズでモラルがないけど——だから信用できるの」
何言ってんだコイツ。
まあ金貰えるしやるか。
お疲れ様です!