干し肉って何
「ついたぞ」
「おお〜」
こんにちは。本日はお日柄もよく、ピクニックにはちょうど良い感じだ。
「さ、今からは気を引き締めてこう」
「うん。そうだね」
リッちゃんはそう言った後、僕の様子をチラ見している。何か言いたげだ。
僕の装備が貧弱な事に対してかな? それとも⋯⋯いや、疑心暗鬼になってはいけない。無になろう。
「⋯⋯今日討伐する予定の狼ってなんか名前ついてるの? 強い? 数多いの?」
「うーん、何ウルフだったかな。覚えてないなぁ。それなりに強いと思うけど。数は3匹ぐらいらしいぞ。依頼は3匹分の討伐だし、済んだらとっとと退散しよう。」
なんだか漠然とした不安が込み上げてくるね。
旅の途中でも何度か討伐依頼をこなした経験はある。
いつもは依頼内容をそれなりに調べてから依頼を受けるけど……
色々面倒で今日のこの時まで何も聞いてないし、調べてもいない。頭を打ったからか、所持品を全て失ったショックからか、多少自暴自棄になっているのかもしれない。
「ところで、今日はどんな魔法が使えるんだ? 髪色的には生産系か?」
「うん、今日は干し肉が出せるよ」
「干し肉」
「うん、結構美味しいよ」
「そっか……」
リッちゃんは聖母のような笑みを僕に向けた。
彼女、けっこう優しいのよね。役に立たない魔法使いは普通はもうちょっと露骨に嫌がられる。気まずいけど、しょうがないね。
ちなみに今日の僕の髪色は緑。生産系はだいたいこの髪色の人が多い。
「肉置いたら狼来るかな?」
「案外それで釣れるかもな」
僕は干し肉を出した。市場で500フロスタ程で売っていそうな、少し厚みのある干し肉だ。
「もうちょっと進んだとこで肉置こうか」
「それが良いな」
「干し肉食べる?」
「いいのか?」
「うん、魔力あまり使わないし。あ、これで包んで食べてね。今日はお土産に何枚か持っていってよ。」
「ありがとう。あ、美味しい。」
僕たちは干し肉をもしゃもしゃしながら森を歩く。辺りは日差しが差し込んでいて、とても景色が良い。
リッちゃんは辺りを警戒しながら、さりげなく僕をいつでも守れる位置にいてくれている。イケメン度が高すぎるなコイツ。
「スーちゃんは魔力けっこうある方?」
「うん、割とある方。」
「じゃあ多少は戦えるか?」
「うん。狼はあまり戦った事ないけど、多分大丈夫。」
⋯⋯実はさっきから狼が視界の端にチラチラと見えている。干し肉を食べながら歩いてたからかな? 思ったより早い邂逅にげんなりする。
リッちゃんは既に狼に気付いているようで、背中の大剣を音もなく引き抜いた。動作もイケメン。
「ヴォウフッ!!!!!」
狼が茂みから飛び出し、リッちゃんに飛びかかった。リッちゃんはそれを余裕を持って躱す。
「よし、じゃあまずは1匹目だな」
リッちゃんがそう呟くと共に、彼女の灰色の目が淡い光を放つ。
——その瞬間、狼は地面に強く押しつけられ、動きを封じられた。
狼の周囲、草木や鳥、虫や地面までも、全てが見境無く灰色の重力波に押し潰される。
狼は立ち上がろうとしているようだけど、全く動けないみたい。
「——スーちゃん、後ろ!」
おっと。感動している場合じゃない。
後ろを別の狼に取られていたみたいだ。
僕は振り向きざまに剣を抜いて狼の爪を逸らした。
狼は想像してたものより大きく、割とびびった。でも仕事だからね、頑張ろうね。
「私の魔法、範囲が狭いのよ! 一人で大丈夫!?」
「大丈夫! ダメだったらリッちゃん置いて逃げるから!」
「まったく! 緊張感の無い……」
リッちゃんはそう言いながら、這いつくばっている狼の首を大剣で軽々と撥ねた。
僕もかっこよく魔法を使いたいけど、今日は肉しかでねぇ。まったくヨォ。
しょうがないのでコツコツ戦うことにする。買ったばかりの剣がまだ手に馴染まない事が気になるけど、仕方がない。
こちらに駆けてくる狼の足元に向かって剣を振り、飛びかからせる。
狙った通りの場所に飛び込んできたので、魔力で腕と肩、足腰の強度を集中的に上げ、狼の顔面を思い切り殴りつけた。
困った時の力技。相手が自分より重いと反動がきつい。
「ギャンッ!!」
結構効いたんじゃないのかな? あまり危ない戦い方はしたく無いけど、剣が当たる気がしないから仕方がない。
慎重になったのか、先程のパンチが効いたのかは分からないけど、動きが緩慢になった狼を斬り伏せるのにあまり時間は掛からなかった。
直線的な動きで突撃してきた狼の顎を蹴り上げ、その首を剣で斬りつけた。派手に血飛沫が舞う。
……狼はすぐに息絶えた。僕は身体の強度を一旦下げる。魔力は節約しなきゃあね。
リッちゃんの方を見ると、新たにもう一匹の狼を魔法で潰していた。
「なんだスーちゃん戦えるじゃない。良いパンチだった」
「なんとかなって良かったよ」
これで3匹討伐できた。思っていたよりも大分楽ができた。
「空間カバン持ってるから入れるの手伝って」
「リッちゃんそんな高級品持ってんの? すっご」
「まあね」
空間カバン! 外見の大きさと入る容量が明らかに釣り合っていない、魔法でできたカバンだ。
リッちゃんのカバンの容量が分からないけど、狼3匹が丸々入るカバンは十分な高級品。僕も欲しいけど、随分後のことになりそうだね。
「よし、討伐完了! 助かったよ」
「うん、リッちゃんかっこよかったよ」
「だろ?」
この戦い、僕は別にいらなかった気がするけど⋯⋯余計な事は言わなくて良いのだ。
それにしてもリッちゃんは強かった。重力魔法使いはあまりお目にかかれないレアキャラだ。
「よっし。じゃあ帰るか」
「うん、僕はもう疲れたよ」
「そうだな、帰ったら一杯付き合ってよ」
おごってくれるなら良いよ、と言おうとしたけど、なんだか悪い気がしてやめておいた。今日は僕が奢っちゃおうかな。
「おごってくれるなら良いよ」
「しょーがないなあ。いいよ! 今日もパーッとやるか」
あ、間違えた。
……まあいいや、金ないし。
今日もタダ酒パーティーだ!!!
今日も一日お疲れ様です!