うっかりさん
「——こちらの空欄にお名前を」
「は〜い。ここ??」
「違います。そこは私の手です。」
こんばんは。
ちょっと、いや、かなり飲み過ぎた。視界も手元もブレる。
リッちゃんが潰れて暇になった僕は、ノリで冒険者ギルドのメンバーになるべく手続きしている。
受付嬢の説明によれば、僕がすぐ出来るような仕事は大体冒険者ギルドの管轄だった。
やや興味の惹かれた商業ギルドは試験が沢山あって、その試験も半年後らしい。そんな事はやってられない。早々に諦めた。
「すみません、視界が歪んで……」
「大丈夫ですか? 休みますか?」
「頑張る」
現在、書類記入中。酔っ払っている奴が手続きしても良いとは。このギルドは寛容なのか、ヤバいのか。
「ありがとうございます。では、審査を始めます」
「おん」
「性別と名前、年齢を教えて下さい」
「男です。名前はスミレ。年齢は二十歳は⋯⋯たぶん過ぎてると思います。細かくは分かりません」
「すみません、正直に答えて頂かないと登録できませんので」
「本当のことなんです!」
すったもんだの後、受付嬢が審判魔法を使って質問する事になり、僕の言っていることが正しいと判明した。
受付嬢ともなると、装置いらずで発動できるのか。凄い。
それともこの人が珍しいのかな?
「決めつけてしまってすみませんでした」
「よくあるんで、大丈夫」
「ありがとうございます。では、続きよろしいでしょうか?」
「良いよ」
早く終わらないかな。時間を確認しようとするも、壁にかけてある時計が少し遠くてよく見えない。
肩を叩かれることで、目の前の彼女に意識が戻った。
「——大丈夫ですか? 固有魔法を教えてください」
「日替わり魔法です」
「えっと?」
「日替わりで使える魔法が変わります」
「⋯⋯はい、本当のようですね。とても珍しいです。こちらの固有魔法は、行使する際にご自身で内容を把握出来ますか?」
「はい。日が変わる時刻か、日を跨いで寝て起きた時に⋯⋯えーと、魔法名とぉ、簡単な能力の説明が頭に浮かびます」
「それは良かったです」
何かが良かったらしい。確かに、内容も分からない魔法となったら怖くて使えないだろうけどさ。
彼女は書類に何事か書き込むと、顔を上げた。質問責めはまだまだ続く雰囲気だ。
これじゃあ、いけないね。審査落ちちゃうよ。
頭を振って、少しでも酔いを醒まそうとする。気持ちマシになった頭が回転を始めた。
「主に使用する武器や、得意な戦闘スタイル等はありますか? パーティ募集の際に、相性の良い方を紹介できますので」
「武器は片手で扱える剣と弓矢を主に使ってますね。戦闘スタイル? はそれも日替わりですね⋯⋯何がその日に当たるか分からないので」
——日替わりで魔法が変わる!
これは我ながら非常識な事だと言える。
この世界は、生まれつきで使える魔法の属性が決まる。その中で⋯⋯僕は全属性、全形態の魔法が使えるのだ。
そう、スペシャルなの! アティシ——特別!
でもね! 日替わりなの! 意味分かんない! ダメね! お終い!
「そうですよね——ええと、どうしたら良いかしら。当たる能力の確率に偏りはありますか?」
「特には。料理が上手くなる魔法が当たる日も有れば、爆発魔法が当たる日もありますので、本当バラバラですね」
「承知しました。⋯⋯こちらでも相性の良さそうな方を見つけたら声をかけてみますね」
「ありがとうございます。助かります」
手続きもそろそろ終わりといったところで、欠伸の音が聞こえた。
音を追うように首を向けると、他の席の受付嬢が暇そうにしていた。偶々目があった彼女がフランクに手を振ってきたので、振り返しておいた。
「——すみません。彼女には注意しておきますので」
「え? いえ。それより、もうギルドは閉店というか⋯⋯閉まります?」
「ギルドは基本的には時間を問わず営業しておりますので。まあ、今は混雑しない時間帯ではありますが」
「そうなんですか」
へぇ。リッちゃんも寝てるし、暇だから時間潰そうかな。コイツが付き合ってくれたらだけど。多分無理だろうな。
後ろを振り向いても列には誰もいない。目に映るのはうだつの上がらない飲んだくれ達。
「昨日この国に来たばかりで、聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「審査の途中なのですが⋯⋯まあ、良いでしょう」
「正直暇なんで、助かります」
「ふふっ、分かりました。少しだけですよ?」
なにかがツボに入ったのか分からないけど、彼女はふんわりと微笑んだ。心が広い人ってぇのは、どこの国にもいるもんだね。
⋯⋯っと、そうじゃあない。聞きたい事、聞きたい事。何かあったんだけど、うーん。やばい、忘れた。
「——貴女の氏名、年齢、年収を教えて下さい」
「へ? ⋯⋯クローディア=ベネットと申します。年齢は27歳。年収は、平均700万フロスタ程です」
スラスラと質問に答えられて驚いた。強者の受け答えだ。流石受付嬢といったところか。僕の完敗だよ。
「ありがとうございます。次に、固有魔法と主に使用する武器と戦闘スタイルを教えて下さい」
「はい、固有魔法は審判魔法。武器はバスタードソードです。戦闘スタイルはアタッカー。ですが、耐久力には自信がありますので、壁役としての役割を担う場合もあります」
「頼り甲斐がありますね!」
「恐縮です」
思いの外、上機嫌に語る彼女。何か良いことでもあったのだろうか。流石にこうもスラスラと会話が進むと怖いものがある。
ここらでくだらない事でも聞いて、お開きにしよう。
「では、最後に。何か日常でついついやってしまう事、癖みたいなものってありますか?」
「そうですねぇ。可愛い子を見たら、つい頭の中で——」
「え?」
「ヒュッ⋯⋯」
——彼女は口を閉した。
彼女⋯⋯変態受付嬢の瞳には、口を小さく開けた僕の姿が映し出されている。親に見捨てられた子どもの様な表情をしているね。
辺りは相変わらず騒がしい。この空間だけ、切り取られたかの様に動きが無い。
「あの」
「——宜しければ」
「はい」
「内密に」
「はい」
「本当に」
「もう。言わないし、言っても誰も信じないから」
ぽっと出の異国人の言う事を、誰が信じるんだ。
今日はアンタちゃんと寝なさいよ、ホント。
「でも、もしかしたら」
「——あなたのお名前は?」
「へ? クローディアです」
「はじめまして! 僕はスミレ! 冒険者になりたいんです! 審査をお願いします!」
「⋯⋯フフ、承知しました。お時間がかかりますが、宜しいでしょうか?」
「かかってこいよぉ!!」
この後滅茶苦茶審査通った。
お疲れ様です!
またお願いします!