ノリでしかないよね。
「——へぇ。旅ってのも悪くないもんだねぇ」
「そうなんですよ。ただやっぱり路銀が心許なくて……」
先ほどの女性、名前は確か……リイタ。
彼女が飯を奢ってくれるとの事でノコノコついてきた。現在はなんちゃらギルドの建物内、その食堂にいる。
昼間から飲んだくれが多く、恐らく碌でもない場所だ。僕の身の丈に合っていて安心する。
喧騒に負けない程度の音量で、リイタに声をかけた。
「リイタさんは、看守なんですか?」
「リッカだ。看守はギルドからの依頼で来月までやってるだけ」
「へぇ」
冒険者はなかなか仕事の幅が広いらしい。
イメージ的にはモンスターを退治し、賞金首を追い、ダンジョンでお宝を見つける仕事かと思っていたけど⋯⋯ 意外と何でもやるのね。
「冒険者ですか。なんだか憧れますね」
「他に何のギルドがあるのかは、そこの掲示板に貼ってあるから後で見てみ」
「そうします」
掲示板を横目で見る。書式もバラバラな用紙が、殴りつけられたように乱雑に貼られている。
見やすさ等は一切考えていないのだろう。視線が滑る滑る。
恐らくこれを読む事は無い。冒険者の仕事については、後で受付のねーちゃんにでも聞こう。
「⋯⋯これ、美味しいですね。なんの肉ですか?」
「カエル。上手いの? それ」
アンタが注文したんでしょうが。食感が少し気持ち悪く感じた。食える時に食べておけの精神で、やけくそになって口に運ぶ。
「そういえばさ、名前なんだっけ?」
「スミレっていいます」
「ああ、まあ⋯⋯見た目には似合ってるよな」
「へい」
昔から女のような名前だと言われてきた。見た目も我ながら男に見えない為、性別を勘違いされる事が多い。
⋯⋯だからといってこれといった悩みもないから、なんとも言えない。
「アンタ、旅を始める前はなんの仕事をしてたんだ?」
「たまに絵を描いたり、うまくいかない事業に助言をする、ふんわりとした仕事をしてましたね」
「エールの泡みたいな生き方してんのな」
「儚いなぁ」
そんな僕も、年貢の納め時か。今は住所不定無職。諸行無常。失うものが何もない人間になってしまった。
「手っ取り早く日銭を稼がなきゃならないんですけど、仕事のオススメありますか?」
「そうだな。街の清掃とか、簡単なモンスター退治とか、あとは⋯⋯うーん、娼館」
言葉の締めがパンチ効いてるね。
周りにひしめき合う強面のお兄様方より、目の前の女の方が柄が悪いんじゃあないかと、何となく思った。
「そういえばさ、アンタほんとに男なの? 今でも信じられないね」
「男なんですよね、これが」
「——めっちゃ、可愛い」
「きゃっ」
随分とフランクな奴だ。嫌いじゃない。
彼女は人懐っこい笑みをこちらに向けると、不器用なウインクを飛ばしてきた。
——あっ、そうだ。大事な事を聞かなくては。
今日の宿代。僕に必要なのはそれだ。今は体調もイマイチだし、できることなら働きたくない。聞くだけならタダだから、たかってみよう。
「リイタさん、宿代ください」
「ええ? 良いけど、対価をおくれよ」
「明日からなら、何か」
「うーん。じゃあ狼狩りに付き合ってもらおっかな。出来る?」
「はい、喜んで」
⋯⋯言ってみるもんだね。
リッカは鞄から皮袋を出すと、この国の硬貨を何枚か目の前に置いた。お礼と共に、それを素早くポケットにしまう。
ただ⋯⋯狼退治か。貰ったお金、幾らだろう。
さりげなくリスクに見合ってるのか分からない難易度だね。でも、いいか。なんかコイツ強そうだし、いっぱい頼っておこう。
「ありがとうございます、リイタさん」
「リッカだって」
「すいません」
「⋯⋯へっ、呼びづらいならリッちゃんって呼んでも良い」
彼女は壁に向かってウインクした。飲み過ぎじゃないかな? 一体彼女に何が見えているのか。僕は壁と見分けがつかないような存在らしい。
「⋯⋯リっちゃん、オススメの宿ある?」
「宿⋯⋯? 宿ってなんだっけ?」
「リッちゃん、泊まるとこのオススメある?」
「アタシの家来るか?」
「リッちゃん気が早いよ。僕心配だよ」
この後もなんだかんだギルド内で夕方まで食って飲んだ。
この国で最初に出会えた人物が彼女で良かったよ。
いい奴だな、リイタは。
お疲れ様です。ありがとうございました!