その4
煽りイカマジで滅びろ
時仁と別れたが、友哉は家に帰っていなかった。
友哉はとあるバイク店の作業所にいた。換気をしているはずなのに、どうもここはオイルの匂いがいつも充満している。染み付いた臭いが取れていないのか、換気では追いつかないくらい臭いが充満しているのか、どちらが原因なのか友哉にはわかっていない。
「……で、また言えなかったってか?」
男はマスクを外すと、手に持っていた工具をしまう。首にかけていたタオルで汗を拭うと、乱れた髪を結び直し、友哉の方を向く。
男の名は玉緒朝陽といった。モーターバイク店を営み、生計を立てている。元は朝陽の両親が経営していた店だが、数年前に朝陽が店を継ぎ、今は店主となっていた。
朝陽が整備していたモーターバイクは、友哉の父親が所有しているものだ。バイク取りに行くから、両親にはそう言っていた。両親はそれに対して、もし泊まるなら連絡しなさいよ、とお持たせを渡してきた。
友哉の両親と朝陽の両親は仲が良かった。生まれる前から付き合いがあったらしく、友哉は幼い頃から朝陽を兄のように慕っていた。朝陽も友哉を弟のように思い、世話を焼いたり、何かと気にかけてくれた。
「……うん」
朝陽が整備したバイクを見つめながら、友哉は頷いた。
「いいんじゃねえの? このまま何にも言わずあっち行くってのも。でもってそのまま縁切っちまえよ」
「でも、ときは友達だし……縁切るなんて……」
朝陽はため息を吐くと、友哉の隣に腰掛けた。
「……動物傷つけて笑ってるような奴が友達なのか?」
「い、今はやってないって言っとった!」
「お前、それ自信持って言えんのか?」
その一言に、友哉は押し黙った。朝陽の言うことはもっともなことだった。
時仁は動物を傷つけることを好んでいた。
友哉たちがまだ小学生だった頃の話だ。猫を殴っていた時仁に、友哉は何度も言った。動物を傷つけてはだめ、死んじゃう、可哀想だ、何度もそう言った。時仁は青痣だらけの顔を友哉に向け、どうして、と友哉に聞いた。
「……どうして? 俺はいつもこれ以上殴られてる。それに、このくらいじゃ死なないよ?」
そう言って、再び猫に手をあげる。猫の上げていた悲痛な声は、今でも耳に残っている。
友哉は時仁の腕を引っ張り、猫から遠ざけた。猫は時仁に敵意を向け、足早に逃げていく。
「……とも? 何?」
「ダメなもんはダメ! もし動物いじめるなら……えっと、その、俺、ときのこと嫌いになるで!」
本気で嫌いになるつもりなんてなかった。軽い脅しのつもりだった。だが、その一言が効いた。今まで誰に何を言われても動物を傷つけることをやめなかった時仁が、友哉の一言で動物に一切手をあげなくなった。
友哉は安堵した。これでもう時仁が動物を傷つけることがないと、そう思っていた。
しかし、それは間違いだった。数週間後、時仁が再び動物に手をあげているという噂を耳にした。多くの人はその場面を見ていると言っていた。朝陽もその一人だ。止めたところで、意味はなかったそうだ。
友哉はその噂の真偽を確認しようとしたが、いくら問いただしても、時仁はやっていないと言った。
きっと、時仁はあの時と変わらず動物を傷つけているのは間違いない。友哉の目に入らないように、注意しながら。
「……お前は、もう十分やっただろ? あいつのお守りするために、これから潰す気か?」