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サバイバル・ナイフ


「出席番号1番から音読いきましょうか」


「Please read the next sentence 青木くん」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「Oops…One more time please?」


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「No no no、青木くん。Knife。Kは発音しなくていいのよー。はいもう一度!」


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「ハァー… He cut the meat with a knife. Repeat after me!」


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「…もういいわ、座って。出席番号2番、内田さん!」


「お手本を見せて頂戴」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「だーかーらー!ナイフよ!ナ・イ・フ!もう一回読んでみて」


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「もういい!あなたも座って」


「出席番号3番、遠藤くん読んでみて。そういえば貴方、英語の期末テスト、クラス1位だったわね」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「…聞き間違いかしら。Pardon me?」


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「SHIT DOWN!!! Mr.ENDO!!!!!」


英語が得意な遠藤くんが陥落したことで教室は絶望に包まれていた。


「Next!尾田さん、Stand-up!」


クラスメートの表情を見ると緊張で固まった者や、顔面蒼白になった者、狼狽している者、既に諦めて生気のない笑みを浮かべている者もいる。

既に脱落した青木くん、内田さん、遠藤くんは虚ろな顔で宙を見ている。内田さんに至っては口から泡が出て、瞳孔が開ききっている。


この後も出席番号4番から10番が立て続けに倒された。

これでクラスの四分の一がやられた。


(まだ希望はある)


隣の席の間宮くんが僕に囁く。


(出席番号13番の笹野さんは英会話教室に通ってる)


間宮くんを横目で見ると彼は親指を立てていた。


一番前に座っている笹野さんに皆が注目し、期待している。


(私、気づいたわ。私はこの瞬間のために英会話教室に通っていたの、knifeの発音はもうマスターしているから、皆安心して)

彼女の後ろ姿がそう語っているように感じる。


小柄な笹野さんの背中が大きく見えた。


「Number 11、倉野さん、 読みなさい!」


先生は興奮してそう叫んだ。


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「座りなさい!!」


一人、また一人と、生徒が脱落していく。


次の、その次は笹野さんの番だ。

彼女がknifeの発音で引っ掛からなければ、この地獄のデスゲームは終わる。教室に平穏が戻るだろう。


僕は妙な胸騒ぎを感じていた。

笹野さんの出席番号が13という忌み数からだろうか、杞憂に終わるといいが。


「次、Number 12、いきましょう!」


静まり返る教室。


最後列の幸田さんが立てば、椅子を後ろへ引く"ガタッ"っという音が聞こえるはずだ。

しかし教室の空気は振動を止めていた。


「おっと、幸田さんは欠席でしたね。飛ばしましょうか」


「13番の笹野さん!読んでください!」


12番目の生け贄が居なくなってしまったので、心の準備のタイミングがズレてしまったのだろうか、笹野さんが先生の声に驚いて肩をびくっと振るわせた。


ガタッ


それでもなお、彼女は勇敢に立ち上がり前を向く。


遠く離れた僕の席からでも笹野さんが緊張で震えているのがわかる。


嫌な予感が当たってしまったのか。


僕達はもう、祈ることしかできなかった。


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


笹野さんは失意のうちに倒れた。


誰も、彼女を責めることはできない。


隣の間宮くんは立てていた親指を拳の中に握り込んで悔しさを露わにしている。


次から次へと仲間が無惨にもやられていく。


それはまるで出席番号順に感染していく死のウイルスのようだった。


殺人ウイルスは、人類唯一の希望、笹野さんを打ち負かした後も行進を続け、生存者は残り10人となった。


「27番!読んでください!」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「Shit down!!!」


僕の出席番号は36番。36人のクラスなので、もしこのまま誰も打開できなければ最後の回答者は僕になる。

先生と僕の1対1になったときのことを想像した途端に寒気が身体中を襲った。


全滅の二文字が脳裏をよぎる。


「28番!」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「あなたも勉強が足りなぁい!」


(くそっ、なんでナイフなのにkから始まるんだ!ややこしい!)

隣の間宮くんは声にならない叫びをあげている。


「29番!」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


「"kn"から始まる単語は"k"を発音しないと中学校で習わなかったかしら?」


音読を失敗する度に教卓から言葉のナイフが飛んでくる。


「次、30番!」


ガタッ


間宮くんが立ち上がる。


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


あっけなく彼は終わってしまった。


そのまま倒れ込むように机に突っ伏している。


そしてカウントダウンは続いていく。


31番…32番…


処刑のタイムリミットが迫ってくる。


33番…34番…


今日の授業がフラッシュバックする。


英語が得意な遠藤くん、英会話教室の笹野さん、隣の間宮くん…


無念にも散っていった同胞の顔が走馬灯のように浮かんだ。


「35番!」


ガタッ


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア くっ…ナイフ」


次は僕か…


覚悟は決まった。


もうすぐ皆に会える。


「36番!あなたで最後ね、渡辺くん」


ガタッ


立ち上がると、いっそう孤独感に苛まれた。


「では、読んでください」


いっそ…ひと思いに…グサッとやってくれ…


意を決して発声のために息を吸い込んだその時だった。




(渡辺!!!ナイフは切れ!!!)




(これは…間宮くんの声…!)




「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア ────



『knife』




一瞬の静寂が響いた。



「えっ、もう一度。ごめんなさい、よく聞こえなかったわ」

先生は驚いた表情で視線を教科書から僕に向けた。


「ヒー カット ザ ミート ウィズ ア 『knife』」


今度ははっきりと大げさに口を動かす。


完璧な発音だ。


切れ味の鋭いナイフのようなクリアな音で"knife"と発音しているのは、隣で顔を伏せている間宮くんの電子辞書だ。


僕の音読に合わせて彼が電子辞書で音声を再生しているのだろう。


彼の親指は再びピンと立っていた。


恐る恐る先生の顔色をうかがう。


「渡辺くん、凄いわ。Perfectな発音でした」


助かった…


どうやら間宮くんの機転は成功したようだ。

安堵のため息が漏れた。


「皆さん、渡辺くんに拍手!」


皆が起き上がり、こちらを見て拍手をしている。


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「めでたいなぁ」


「おめでとさん」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


『Congratulations』


「おめでとう」


「تهانينا」


「おめでとう」


「Təbrik edirəm」


「Συγχαρητήρια」


「Selamat」


「おめでとう」


「Поздравляю」


「おめでとう」


「축하」


「おめでとう」


「Félicitations」


「Binabati kita」


「Баяр хYргэе」


「恭喜啦」


「おめでとう」


「ขอแสดงความยินดี」


「Parabéns」


「おめでとう」


「Felicidades」


「සුභ පැතුම්」


「تهنئة」


「Xin chúc mừng」


「Glückwunsche」


「Поздравляю」



「「「おめでとう」」」



「ありがとう」





Knifeに、ありがとう。


Kに、さようなら。



そして、世界中の全ての人達に、


「おめでとう」

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