4話
とにかく、まずは一人。オレは再びピンクの布切れをズボンのポケットに収納すると、残り二人の下っ端とハゲ頭に向かって挑発気味に口角を上げた。どうだ、見たか。こちとら初出撃にして早速一機撃墜の好スタート。こりゃ、タツミのお株を奪っちまったかな。
「今、何をした」
ハゲ頭がオレを警戒して構える。
何をしたって聞かれても、オレとしては普通に駆け寄って殴りつけただけだ。もっとも、その瞬間をお前らが目で追えていたかというと無理だろうがな。
「ま、少し本気を出しただけ、かな? これでも一応学園が課したカリキュラムは真面目にこなしているんでね。まだ体育の授業で出てくる戦技囚人の方が手応えがある。当たり前だけど」
何か気になる単語でもあったのだろう。少し考え込む素振りを見せると、男は唐突にポンと手を叩く。
「……ああ、合点がいった。ウチの若い衆の言っていた在木というのは街外れの山にある特殊教育機関のことか。チッ、随分と余計な奴が出てきたもんだ。まさかとは思うが、そこの女を庇うのは上の方針じゃないだろうな?」
「何のことだ? オレがこうして正義マンぶっているのは偶然――だと思う」
多分。
あの女がこれを予期してオレをここまで連れてきたというのなら話は別だが。
「どうだか。そうやって何でも都合良く隠蔽するのはお前らの得意分野だろうに」
やれやれといった感じに肩をすくめる男に、下っ端は焦りを隠そうともせず助けを求める。特に耳にピアスをぶら下げた男のビビリようといったら半端なかった。
「マサさん、どうします! やっぱり、コイツ在木の人間だったじゃないですか! ミナトもヤられちまったし……クソッ、何が在木を知らないだ。嘘つきやがって」
そんなことは言っていない。
「あー、そのことなんだけどな。ホントに七魔人なるものは知らないんだよ」
「そんなわけあるか! 在木学園きっての異端。人外を目指しての教育機関において成功した七人。その異常ぶりは一般にも知れ渡るほどで、在校生のお前が知らない訳がない。最近だってたった一人で街の高校一つ潰したところだろ!」
失敗の間違いじゃないか。それに、そういう研究結果は一般に広まっちゃダメだろと思う。
「いやいや、似たようなグループは知っているんだ。だけど、『シチマジン』なるものはなぁ……『ヒマジン』なら心当たりあるんだけど」
「――は? 『ヒマジン』?」
「そう『ヒマジン』。学園で他の生徒のように忙しい訳でもない、落ちこぼれの集い。だけど、その力のヤバさからドクが遊びで付けた名前。カタカナのヒに、漢字の魔人を組み合わせた造語、『ヒ魔人』」
「……」
「いや、俺を見ても分からんぞ。そういう噂話はお前ら若い奴の方が詳しいだろうが」
下っ端が無言でリーダー格であるハゲ男を見るも、奴からしてみればその手の話は興味がないようだ。男は部下の問いかけるような瞳を鬱陶しく追い払うと、今度はオレに向かって質問をぶつけてきた。
「随分と詳しいんだな。その集団のことを」
「そりゃ、オレもその一員だもの。知っていて当然だろ?」
「なっ――」
周りの驚いた声が聞こえる。
そんなに驚くものかね。そもそも、こうして外を出歩いている時点で普通の在木の学生ではないことは明白だろうに。
伊守山を切り開いた場所に作られた在木学園は天然の要塞で、山に作られたが故に広さは程々だが、ちょっとした学園都市並に施設は整っている。そして、下らない研究の成果が出ない者は基本的に学外へ出ることは許されない。それこそ、オレらのような落第生でない限り、ヒトとしての真っ当な生活は望めるべくもないのだ。
「そうかい。それなら――安心した。機密の正体がお前のような、まだ常識で対応できるような奴が学園でも上位の存在だと知れてな。最初はどうするか考えたが、これなら例えお前を殺したとしても報復は怖くなさそうだ」
「マサさん!?」
そう言うと、男は懐から黒光りするものを取り出す。それはヒトの命を軽々しく奪える武器。平和な世界を脅かす恐怖の象徴。
「ガキ相手に使うのもどうかと思うが、相手が国お抱えの化物なら幾らか許されるだろう。お前がせいぜいヒトより早く動ける程度の力しか持っていないなら、他のもある程度察せるな。ふん、国の予算を投じて出来たのがコレとはなぁ。今まで遠慮していたのがバカバカしくなる」
カチリと撃鉄の起きる音に周囲に緊迫した空気が漂う。
「オレを判断基準に使われても困るけどな。でも、他の六人はマジでバケモンだから気をつけた方がいいぜ」
例えば、『暴食』の虎河リン。彼女は全てを飲み込む悪食王で、その食欲旺盛ぶりはありとあらゆるモノを食い散らかす。そこに、人間や建物の区別などない。
例えば、『色欲』の柳澤ウイ。彼女の色香にかかれば街の一つや二つを滅ぼすくらい簡単だろう。それこそ、まさに異能とでも呼べるほどに異常さでは際立っている。
適当に二人を思い浮かべたが、言葉では説明しようのない恐ろしさを見ず知らずの人間に伝えることの難しさよ。どうせ伝えたところで、その手に握るものを下ろしてはくれないだろうけど。
そして、オレ。オレの力は――。
「そうだな、一々説明すんのも面倒だから。いいぜ、撃てよ。その鉛玉をオレの体に撃ち込んでみろよ。これでも『ヒ魔人』の一角なんでね。生半か――っとお! 危ないな。ヒトが話しているウチに撃つなよ」
閃光が見えたと思った瞬間、オレに向かって音速を超えた金属が襲いかかってきた。急所に当たれば必殺の一撃は、しかし、その役目を果たせず掌に治まっている。
「……は?」
オレを殺そうとした男が、信じられないものを見たかのような表情をする。いいね、そういう表情を見るのは気分がいい。今なら根暗男の気持ちが分かりそうだ。訂正、絶対アイツと同じ感情は抱きたくない。だから、これはきっと別のものだ。
「君は、一体何者なんだ?」
銃声の鋭い音に体を縮こめていた少女が、恐る恐る尋ねてくる。そこにはオレを人外染みた何かと疑う意思が含まれていたが、下界の人間から見ればさもありなんということで気にしない。
「だから、言っただろ。オレは在木学園が誇る落第生の集団、『ヒ魔人』の一人だって。自己紹介をきちんとしようか? オレは在木学園二年A組の柊アスタ。担当する罪は――『怠惰』」
その言葉を言った時には、既にオレは男の懐に潜り込んでいた。
「――っ!?」
間髪入れずに相手の腹に拳を叩き込むが、当然最大限に手加減はしてある。さっきの男の顔面を殴ったことで、この力の調整は完璧に掴んでいる、はず。
鈍い打撃音と同時に、多少何かが破裂するようなブチッという感触があるにはあるが、多分気のせいだろう。
「ぶっ――るびゃはっ」
奇妙な喘ぎ声をあげて、男は膝から崩れ落ちる。その体を折り曲げた姿は、まるで胎児のようで。オレはなんだか無性に壊したくなる衝動が湧き起こったが、それは最後の一線の気がして思いとどまる。
「ひ、ひぃっ!」
同じ下っ端一人がやられただけではなく、上司に当たる人物まで倒れたとあって、残り二人の悪漢どもは短く悲鳴をあげて後ずさる。そのみっともなさを見れただけでもパンツを被せたことに対する溜飲は下がったかな。
「逃げるのもいいけど、コイツらも連れて行けよ」
「は、はいぃ!」
姿勢を正して返される言葉は既にオレへの恐怖で満ちていた。うむ、よきかな。
そして、慌てて撤退を試みる彼らを尻目に、オレはここまで呆けた顔で様子を伺っていた少女に向き直る。まぁ、その気持ちも分かる。何の期待もなく、たまたま居合わせた少年がまさか凶暴極まる悪漢どもを撃退してみせたのだから。
「大丈夫かい?」
「えっ、あ、はい。えっと、ありがとうございます?」
なぜに疑問形なのかは分からないが、こうして誰かに感謝の言葉を言われるのは気分がいいものだな。今まで憧れていただけに、感慨も一入だ。
ある意味、これがオレの求める未来への一歩となれば良いとすら思う。
「あー、そのですね。感謝はしているんですけど……」
「もしかして、オレが在木学園の人間と知って怖くなっちゃったかな。ま、仕方ないかもだけど、別にとって食うわけじゃないぜ」
「いや、パンツ……」
聞こえない。
せっかく女の子を救うという絶好のシチュエーションを達成したのに、ピンクのパンツ如きにぶち壊されたくないのだ。いや、パンツに罪はないのだけど。
とにかく、まずは。
男のぶっぱなした拳銃の音を聞きつけた警官が来ないうちに、トンズラすることにしましょうか。