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第93話 ヴァルの怒り

 コンコン──。


「ジェイドです」


「……んむ、入れ」


 中からベント伯の声が返ってくる。俺は扉を開け入室の挨拶をする。


「失礼します」


「失礼します!」


「ひつえいしまちゅ!」


 続くミコも挨拶し、キューちゃんもそれに倣って挨拶をした。うむ、可愛い。だが、ベント伯の前だ。ここで顔を緩ませるわけにもいかまい。俺は必死に表情筋をピクピク震わせながら真顔を維持する。


「……ふむ、ミコ君だね。それとそちらの可愛いお嬢さんはキューエル君だね。おはよう」


 そんな俺たちを見て、ベント伯は頬を緩ませておはようと言う。この状況でどうやらこの幼女がキューちゃんだと言うことを察したようだ。話が早くて助かる。そう思いながら俺が事情を説明するため口を開こうとする。だが、その前に言葉を発したのはミコであり──。


「おはようございます。学長、キューちゃんの服ありがとうございます!」


「ざましゅ! ありがとー!」


 その内容は驚くべきものであった。今、着ているキューちゃんの服は学長が用意したもの? どういうことだ。


「学長……?」


「ハハハ、先ほどは災難だったなジェイド先生。さて、改めて紹介しよう。私の秘書のブリード君だ」


「おはようございます。ジェイド先生、先日はどうも」


「……なるほど、そうでしたね。ブリードさん先日は命を助けていただきありがとうございました」


 ベント伯の後ろに静かに佇んでいたブリードが一歩前に出て一礼する。どうやら今朝の報告より先にブリードから報告を受けていたということであろう。そしてなぜヴァルとの戦いでブリードがいたかと言えば、なんてことはない。ベント伯の命令で監視(・・)していたということだろう。


「フフ、そういうことだ。悪く思わないでくれ」


 少しだけ俺は目線を鋭くして睨むが、ベント伯はそれを笑って流す。だが俺の状況やベント伯の立場を考えれば必要な措置だろう。


「えぇ、むしろブリードさんのおかげで命を救われましたから。それでどうして制服を?」


 俺はそう割り切ると気持ちを切り替え、隣に立つキューちゃんの制服を用意した理由について尋ねる。


「ふむ。理由など考えれば幾つでもそれらしいものは挙げられる。そしてそれを聞けばジェイド先生は納得するということも予想できる。であれば無駄な問答と言えよう。ただ、一つだけ言えるとすれば──」


「すれば……?」


「フ。ドラゴンという未知の生き物に年甲斐もなくワクワクしているから、だろう」


 ベント伯にしては珍しく、屈託のない笑顔だ。これまでも笑うことはあったが、どこか作られたような笑みだったため、これには少し驚かされた。


「……では、キューエルさんはウチのクラスに?」


「ふむ……私はそうしてほしいと思っている。だが、こればかりは本人に聞かねばな。どうかね? キューエル君、この学校に通いたいと思うかね?」


 ベント伯は俺から視線を外すと、腰をかがめてキューちゃんへとそう尋ねた。


「んー? がっこー? ミコとじぇーどは?」


「あぁ、ミコ君もジェイド先生もいるよ」


「じゃあエルもいくー!!」


「ハハハ、そうかね。歓迎するよ」


 どうやらこれで決まったようだ。ミコはキューちゃんによかったね、と笑いかけ頭を撫でている。ベント伯はそんな二人を優しい目で見つめた後、俺へと視線を戻す。


「──と言うことだ。とある遠方の国からの留学生ということにしよう。詮索は無用とすると言っておけば勝手にその背景を深読みするだろう」


「……分かりました」


「しかしまぁ、こちらでの生活は一任されているとは言え、氏の許可は取っておいた方がいいだろう。ジェイド先生今こちらに来ることは可能か尋ねてくれまいか?」


 氏。ヴァルのことだろう。確かに、今でこそ気安く喋ってるがいつ機嫌を悪くし、世界を滅ぼすとか言い始めかねないドラゴン様の機嫌を取っておくのは大事なことだ。


(おーい、ヴァル。おーい)


『なんだ』


 返事をした。なんだかんだレスポンスが早くて助かる。そして俺はヴァルを釣るためのとっておきの文句を言う。


(キューちゃんが人化の術覚えたぞー)


『……』


 反応がない。おかしい。あの親バカぶりであれば大騒ぎしそうなのに、まさかの無反応だ。


「どうしたのかね?」


 訝しげな顔をしている俺を見て、ベント伯が心配そうに尋ねてくる。俺は少し困ったように──。


「いや、念話はできたのですが、途中で返事が──」


 とそこまで言いかけたところで空間がヒビ割れる。にゅっとその狭い穴をヴァルが乗り越えてくる。非情に不機嫌な顔だ。一体何事だ。


「あ、パパー」


「エル……おぉ、エル……」


 ヴァルの姿を目に入れたキューちゃんはトットットと駆けてゆき、その胸に飛び込んだ。ヴァルはしゃがんでそれを受け止め、抱きかかえる。そして立ち上がると俺を睨んでくる。


「おい、ジェイド。貴様、我より先にエルの人化の術を見るとは何事だっ!!」


 なんてことはない。不機嫌な理由はただの親バカだ。となれば助けてもらう先は──。


「はぁ……。おーい、キューちゃん。パパが怒ってきて怖いんだが助けてくれないか?」


「え? ん、いーよ。パパ、おこっちゃめー!!」


 天使であった。俺とヴァルはこの三文芝居の結果見れたキューちゃんの可愛い姿ににんまりである。

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