第65話 引き寄せ
「さて、で、召喚したはいいもののどうするんだ?」
ひとしきりキューちゃんを愛で終わったあと、俺はエメリアとミコに尋ねる。
「えと、エメリア様が考えた召喚契約魔法があるので、それをキューちゃんが受け入れてくれれば……。でも、契約魔法は一人なので……」
チラリとキューちゃんとエメリアを交互に覗き見るミコ。なるほど、契約の権利は当然エメリアにもあるということだ。
「いや、今回はミコの手柄によるところが大きい。私はキューエル君という未知の存在を確認できただけで十分だ。むしろキューエル君もミコに懐いているのだから、契約してくれる可能性もそちらのが高いだろう」
エメリアはミコに気を遣ってか、あるいは実益を考えてか、まぁ恐らくその両方であろう。自分ではなくミコが契約すべきだと推す。
「いいんですか!?」
この笑顔は嘘や上辺ではないことがよく分かる。ミコは周りも嬉しい気持ちにさせるような笑顔でエメリアの言葉に食いついた。
「良かったな。ミコ」
俺は念願の召喚を果たし、初めて使うであろう魔法が召喚契約魔法になるであろうことを祝う。周りのみんなも同じように笑顔でミコを祝った。
「フ。喜ぶのは早いぞ? キューエル君が受け入れなければ成立しないからな。それとミコ? もし契約が成功した場合、毎週とは言わんが、定期的に研究所に顔を出して欲しい。当然、私もそちらに出向こう」
エメリアは口では受け入れなければ、などと言っているが、ミコが契約した後の話にまで及んでいるところを見るに契約が無事行われると思っているのだろう。
その言葉にミコは神妙に頷いた。そして皆が見守る中、遂にミコがキューちゃんに尋ねる。
「……キューちゃん、私と契約してくれないかな?」
ゴクリ。生唾を飲み、キューちゃんの返事を待つ。だが、返ってきたのは──。
「キュ~……」
皆の予想に反して、芳しくなさそうな答えだ。嫌がってはいないようだが、そう、まるで困っているような……。
「ミコ、キューちゃんはなんて言ってるんだ?」
「あ、え、と……。パパに聞いてからじゃなきゃ怒られるからって……」
「パパ……、パパかぁ……。そうだよな。キューちゃんは子供だもんな。そりゃパパの一人や二人いるよな……」
皆の中に小さな沈黙と嫌な空気が流れる。キューちゃんのパパ。恐らく同じサイズではないだろう。仮に二十メートルだとして──キューちゃんは友好的であったが、パパはどうだ? 背中にじっとりと嫌な汗が出てくる。そして次の一言を何か搾り出そうという時にトントンと誰かに腰のあたりを叩かれた。
「センセイ、パパが二人以上いる場合はパパ活と言って、お金を貰って擬似的な親子関係を楽しむというビジネスをしている可能性がある。というのは余談で、今私たちはキューべぇのパパを認識してしまった。認識するということは存在するということ。私たちの意思の波動はソレを引き寄せる」
そう言ってアマネはゲート魔道具の方を見やる。魔道具は停止している。ウンともスンとも言っていない。だが、なぜだろうか。先ほどからの嫌な予感が拭えない。そんな時である。一陣の風が吹いた。
「「「──!?」」」
俺、アゼル、エメリアは瞬時に身構えた。感じたのは圧倒的な存在感。本能が警鐘を鳴らす。命の危機がすぐそこまで迫っている、と。先ほどまで晴れ渡っていた空に急に暗雲が立ち込め、辺りは暗く、そしてじっとりとねばつくような空気へと変わった。
「キュ~……」
「え。嘘……、せんせー!! その、パパが来るって……。すごく怒ってるって」
悪い予感は当たってしまった。どうやらパパが来るらしい。キューちゃんが怯えてるということはよほど怖いパパなのだろう。俺は手遅れになる前に自身の武器を呼び寄せる。そして──。
「黒杖招来。復元設置──拒絶する七壁」
俺の右腕に金の紋様が細かく刻まれた黒杖が握られる。そして、黒杖が一瞬で七音節魔法である結界魔法を宙に設置する。そして──。
「転写!」
三メートルを越える魔法陣を地面に刻み込んだ。
「エメリア頼むぞ! みんなこの中に入れ、早く!!」
俺は有無を言わせないよう強く言葉を発した。この一刻を争う時に反抗されては困る。幸い、エメリアを中心にミーナ、アマネ、レオ、そしてミコとその腕に抱かれたキューちゃんが素早く魔法陣の内側に入ってくれた。そして俺とアゼルを除く全員が魔法陣に入ったところでエメリアも戦闘態勢をとる。
「銀の魔導書──換装」
その手に現れたのは、古びた革の表紙に銀の刺繍、魔導書アリアローザだ。そして魔導書がひとりでにパラパラとめくられると、ページが幾枚も宙へと舞い、エメリアの身体に纏わりつく。そして発光──。
光が収まった時、エメリアの身体には紫のドレスが纏われていた。
「魔法陣解読──変換完了。魔力回路解放──実行。発動──拒絶する七壁」
エメリアが拒絶する七壁の魔法陣を読み解き、魔力を流す。巨大な魔法陣に光が奔った。直後七色に光を反射するドーム型の結界が生まれる。
「ジェイド、任せろ。死んでもこの結界は維持する」
コクリ。俺は頷くとピシリと嫌な音を立て、ヒビ割れてきている空間を睨む。アゼルは双剣の柄に手を掛けており、いつでも抜剣できる構えだ。
そして遂にソレは現れた──。




