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第21話 甘くて辛い香辛料

「はい、ここがジェイドのおうちです」


 市場でとりあえずの生活に必要な雑貨と食料を買って私とジェイドの住む集合住宅に辿りつく。


「おぉー、ここかぁ。何階?」


「四階だよ」


 私とジェイドは手提げ袋に荷物を大量に持ちながら、階段をカツカツと上がっていく。廊下の端、角が私の部屋。そして、その隣がジェイドの部屋。


「こっちが私の部屋ね? で、こっちがジェイド」


「おう。あれ、鍵どこにやったっけ? 鞄か? ちょっと取ってくれ」


 両手が塞がっているジェイドが腰を捻って突き出し、セカンドバッグの肩掛け鞄から鍵を出してくれと言う。


「はいはい。えーっと、はい、あった」


「んじゃ、そのまま開けてくれ」


「え? いいの?」


「? なにが?」


 一緒に帰ってきて鍵を私が開けたら、なんとなくその恋人っぽくないかと変に意識をしてしまうが、やはりジェイドは通常運転だ。


 ガチャリと鍵を開け、キィと音の鳴る扉を開く。当然、家具もなにもない。最低限の生活用魔道具があるくらいだ。そして清掃したばかりだったのであろう部屋は埃っぽさもなく、とても綺麗であった。


「ただいまー」


「お邪魔します」


 ジェイドが先に入り、靴をぽいっぽいと脱ぎ散らかしたまま部屋に上がる。こういうところは本当は直して欲しいが、昨日今日で散々お説教しているため、もううんざりだろう。私はこれに対し何も言わず、自分の靴だけそっと整え、部屋に上がる。


「荷物持ってくれてありがとな」


「ううん、ジェイドこそ重い方持ってくれてありがとう」


「んー? これでも十六年前と違って体を鍛えているからなー。全然平気だ。それよりミーナすごい人気だな」


 荷物を部屋の隅に置いたあと、ジェイドは改まって感心したようにそんなことを言う。それはつまり先ほどの不動産屋や市場でのことだろう。


 露店を渡り歩くたびに、お店の人がニヤニヤしながらからかってくる。そして必ずオマケをつけてくれたのだ。おかげで二人で食べても二日分くらいになる食料品となぜか二人分の生活雑貨になってしまった。


「あの市場はよく行くから、顔見知りで、ね。なんだか散々からかわれちゃってごめんなさい」


「いや、なんか俺はミーナがちゃんとこの街で生きているんだなぁと思えて嬉しかったよ。って何だか上から目線だな」


 ジェイドはそう言ってカラカラと笑う。


「ってやっぱ、寒いな。暖熱魔道具はあるな……。ちゃんと動くかな」


 床に座っていたジェイドが寒いと言って立ち上がると、暖熱魔道具をひょいと持ち上げて、部屋の真ん中まで持ってくる。そして手をかざし──。


「ほい、充填、充填と」


 魔力を流し込む。魔法が使えなくても魔力は誰しもあるので、効率化された魔法式が刻まれている魔道具であれば、ほんの少量の魔力で使用することができる。逆に言えば、使えないということは中の魔法式が壊れているか、そのほかの機械部分が壊れているか、だ。


「おっ、ついたついた」


 どうやら壊れてはいなかったようだ。部屋がじんわりと暖かくなってきた。と、言っても床に直接座っていたのでは冷える。


「私、部屋からクッションとテーブル持ってくるね?」


「ん? おぉ、ありがと。持ちにいこうか?」


「フフ、ジェイド? 女の子の部屋に簡単に上がりこもうとしたらダメだからね? 私以外でも同じだよ?」


 私はニッコリと笑顔になり、今後あっさり他の女性の部屋についていってしまわないよう釘を刺しておく。


「お、おう……」


 ジェイドの良い所は素直なところだ。妙な意地がない。なんて思っているけど、本当に分かったのかは少し怪しい。ジェイドはガードがとにかくゆるそうだし……。


 そんなことを考えながら部屋に戻り、クッションを二つ運ぶ。また戻り、次は木製のローテーブルだ。そこまで可愛らしい趣味のものではないので、ジェイドの部屋にあっても違和感はないだろう。


「さて、じゃあジェイドは資料や教科書の確認してて? 私お昼ご飯作るね」


 今日使うぶんだけの食材をキッチンに置き、あとは冷蔵魔道具に食材をしまっていく。当然、私も魔法科の先生だし、魔力は十分あるのだから冷蔵魔道具に魔力充填は行える。ブーンという低い音を立てて動き始めた。


「ん、じゃあお言葉に甘えて」


 ジェイドはそう言うと、ローテーブルの上に所狭しと資料や教科書を並べ、パラパラとめくり始める。


 私はそんなジェイドをこっそり見たあと準備を始める。雑貨屋で買った最低限の調理器具だけで作っていくことになる。何が食べたいか希望を聞いたら子供の頃からずっと好きだったカレーとのこと。


 女子としてはカレー臭くなるのは少し嫌だったが、あまりこだわりのないジェイドが即答した料理だ。そこはぐっとこらえる。


(さて、戦闘()りますか)


 まずはなんと言ってもスパイスだ。私は家にあるお気に入りのスパイスをいくつか持ってきて、混ぜ合わせたあと慎重に弱火で炒める。香りが強くなり、泡が立ちはじめたところで刻んでおいた野菜を投入。ここからは強火だ。


 野菜も色が変わったらお次はエルムの養鶏場産のエルムチキンだ。あまり脂っぽくなく、すごく柔らかいイイお肉だ。中火で炒め、ほどよいところで水を入れる。


 しばらく煮込んだ後、味を確認し、最後にもう一度極僅かなスパイスで調整する。


(うん、美味しい……。けど、どうかな? デレッサさんには免許皆伝を貰ったけど、比べられちゃうんだろうなぁ……)


 料理のイロハは自分の母親とデレッサさんから教わった。うちの母は香辛料が苦手なので専らカレーはデレッサさん仕込みである。


(さて、これだけじゃ寂しいよね)


 流石にカレーだけでは寂しいので、余った野菜でサラダを作る。きっとジェイドは野菜不足だろう。少し多めに作ってみた。


「はい、完成──」


 料理が終わり、ジェイドを見る。ジェイドは教科書とにらめっこをし、魔言らしき言葉を呟きながら指で魔法陣をなぞっているようだ。私も生徒たちに教えたからよく覚えている。学校で最初に教える一音節の魔法だ。それを真剣に丁寧に何度も確認していた。


「ジェイドー?」


 私が話しかけても気がつく様子はない。仕方ないので──。


「アンテ」


 一音節魔法の結界(アンテ)を唱える。この結界は衝撃に弱く、すぐに壊れてしまうが空気を閉じ込め、料理を保存するにはうってつけの魔法である。


 そして無事ドーム型の結界が発動したのを確認すると、ジェイドの方へ視線を向ける。


(フフ、ジェイドってば子供っぽかったり、大人っぽかったり、頼りなかったり、真剣だったり……飽きないなぁ)


 しばらくそうやって眺め続けるのであった。

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