第135話 作ってみよう
俺は体の節々をさすりながら恨み節でも言ってやろうかと思い、ヴァルの方を向くが自分の降り立った空間の広さにまず驚く。何もない真っ白な空間。ポツンと屋敷が一つあるだけであとは白い地平線が360度続いている。
「ハハハ、この空間は我のアイテムボックス、五次元ポケットだ。ここでは空間、時間、そして概念まで我の思うままよ」
「……ほーん」
「貴様、絶対分かっていないだろ」
「……分かってるし。まぁでも時間まで自由にできるということはいくら時間がかかってもあっちに戻った時に時間は進んでいないってことだろ?」
このトンデモ空間はつまりそういうことなのだろう。俺はホッと一安心する。
「ん? いや、次元竜以外が時間の流れが違う場所で過ごすと体と魂の時間がズレて剥がれてしま──」
「絶対に時間はイジるなよ?」
「ふむ、賢明だな。では時間がないんだろ? 早速ドラゴンドラ作りに移れ。我はここでしっかり見ててやる。ほれ始めろ」
「…………はい」
ヴァルは、いつの間にかそこにあったソファーにごろんと寝転がり、せんべいをバリバリと食べながら偉そうに指示を出す。恐らくこのソファーとかせんべいが五次元ポケットの使いみちなのだろう。言いたいことはあったが、タイムリミットもあるし、頼ったのは俺だ。グッと堪え、作業に取り掛かる。
「えぇと、それでヴァルどこにパーツがあるんだ?」
俺は努めて笑顔でヴァルにそう問う。ヴァルは茶を啜りながら無言で指を差した。そこにはバカでかいコンテナがあった。そして、まるで俺の声を聞いていたのかと思うタイミングでコンテナの一面がパカリと倒れる。いや、そんな可愛らしいものではない。ズドォンだ、ズドォン。
「…………ハァ、マジか」
予想はしていた。当然デカイものだと。だが、コンテナの中まで入り、実際目にしてみるとどうだろうか。およそ人間が一人で持てるパーツのデカさと量ではない。だが文句を言ってもしょうがない。俺はコンテナの脇に申し訳程度に並べられていた本を手に取った。
「ふむ……ふむ……」
慣れ親しんだ文字で書かれていて助かった。俺は創刊号からパラパラとめくり、手順を確認していく。
「……ヴァルー? この本には重機を使う、もしくは体長十メートル以上の巨人族ないしそれに類する巨大知的生命体でなければ難しいと書かれているがー?」
「んー? まぁ難しいってことは簡単じゃないってだけだ。頑張れー」
巨大知的生命体は清々しいくらいの屁理屈を言い放つ。どうやらあくまで見てるだけのようだ。俺は諦めてため息を一つつくと最初のパーツをコンテナから運び出す。
「フンッ──!!」
パーツはピクリとも動かない。当たり前だ。一つのパーツが何十トンという重さだろう。だが、俺は魔法師だ。こんなときのための魔法である。
「…………黒杖招来。人あらざる者」
次元の壁を超えて、愛武器である黒杖が右手に収まる。そして、記憶されている七音節身体強化魔法、バージェスを唱える。俺の体を黒い魔力の奔流が覆う。まさかこの魔法を日曜大工のために使うとは思ってもみなかった。ひとまずこの状態でパーツを動かしてみる。
「フンッ──!!」
ズズ……。僅か、極僅か動いた気がする。だがいくら七音節の強化魔法を使ったところで人間の限界はある。更に俺は六音節の魔法を紡ぎ、この辺り一帯の重力を軽減する。
「ぬぬぬぬっっ!!」
これでようやく動かせるというレベルだ。それからえっちらおっちらと孤独のドラゴンドラ作りが始まった。
「ふぁぁ~、ん~、我何してったっけ……? あー、ドラゴンドラか。どうなっ──ほぅ」
「ゼイ、ハァ、ゼイ、ハァ……。ヴァルどうだ……、超一流のドラゴンドラに仕上がってるだろ……」
見ててやるなんて言いながらグッスリ眠っているヴァルを横目にひたすら一人で組み立てた。カラーイラストで分かりやすい説明書であったため、なんとか完成させられたのだ。ディアゴスティー○様々である。
「ふむ……」
そしてヴァルはソファーから起き上がり、飛空艇型ドラゴンドラの周りを一周する。その外観を眺め、ペタペタと外壁を触り、一つ頷く。そして搭乗口のポタンをポチりと押した。プシューという音とともに扉が開く。扉ユニットが元から出来上がっているものでよかった。あんな機序の扉を一から作れるはずもない。
「さて、中は……っと」
そしてまるで息子宅を訪れ、嫁がきちんと家を綺麗にしているか確認する小姑のようなイヤラシイ目をしてヴァルは中へ入っていく。俺もその後ろをついていく。このドラゴンドラは搭乗エントランス、操舵室、客室、キッチンバー、浴室、トイレ、トレーニングルームに屋内展望室に甲板デッキ、一通りの設備は揃っていた。
「ふむ、超一流の名に恥じぬドラゴンドラだ。よく一人で組み立てたな」
「まぁ、基本的にはユニットを運んで魔法で固定していくだけだからな。そこまで難しくもなかった」
「なるほど、流石はディアゴスティー○ということか。まぁこれなら我が運ぶのに相応しいだろう。ジェイド良くやった」
「……どういたしまして」
仕上がりには一応の納得をもらえたようで何よりだ。俺は疲れた声でなんとかそう返し、ヴァルと一緒にドラゴンドラを降りる。
「よし、じゃあヴァル、早速集合場所であるエルムの西の空き地にこいつを置きに──」
「バカモノ。その前にこのドラゴンドラの命名式を行う必要がある」
「…………どうぞ」
懐中時計を見ればもう朝の七時を過ぎている。集合時間まで一時間もない。命名式などたかだか数分だろう。ここまできたら俺は変に食い下がらずヴァルのやりたいようにやらせる。
「? 何を言ってるジェイド、これは確かに我のドラゴンドラであるが、貴様もその制作に携わったのだから名前を一緒に考えるんだ」