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第126話 サッカー大好きおじさん

「……お借りいたします」


「うむ。コーヒーなど零したら本気で殺すからな?」


「……肝に命じます」


 職員室の温度が二度ほど下がったのが分かる。周りの教員もスカーレットさんのマジトーンにドン引きだ。


 そして俺はその本を(うやうや)しく受け取り、汚れないよう折り曲がらないよう魔法で結界を貼り、鞄にしまって帰るのであった。


 そして教員生活になってから久しくしていなかった完徹での勉強を終え、スカーレットさんの授業に臨む。実際にボールを触り、地元のサッカー好きの方々とボールを交わし、試合を見ながら戦略戦術、訓練方法を教えてもらい、一言われたら十を吸収するつもりで二日間を過ごした。そして──。




「今日からサッカーの訓練を始める。決戦は今週末、金曜日だ。僅か四日しかない。時間がないと諦めるのは簡単だ。だが、お前たちは一年かけて習得できなかった魔法を僅か一週間で習得できた。お前たちに聞こう。四日でサッカーを覚えるのは不可能か?」


「おっさん、そういうのいいから早く訓練しようぜ? 時間ないんだからさー」


「ですねー」


「だねー」


「可能か不可能かを断言するのは難しいですが、可能にするべく全力で努力をすることを誓います」


「…………お前ら。あとヒューリッツありがとう。でも今はそういうんじゃないんだ。えぇーい。もう練習するぞ。ほれ、外いくぞー」


 熱い信頼関係は土日でリセットされてしまったようだ。いつものペースに戻った男子四人とミコ、キューちゃん、アマネを連れて外へ出ようとする。


「ほれ、サーシャ。今日は課外授業だからついてくるんだ」


「……ハァ、ウザ。私何もしないからね」


「あぁ、見てるだけでいい」


「見もしないから」


「…………いるだけでいい」


「……ハァ」


 教師の威厳というものは全くなかった。サーシャになんとか頼み込み、俺を含め九人はある場所を目指す。そう、スカーレットさんと土日に行ったサッカー場だ。


「よーし、まずはみんなの練習相手をして下さるサッカー大好きおじさんたちを紹介する」


「え?」


 俺は到着するなり、グラウンドでサッカーをしているおじさんたちを紹介した。レオたちは自分たちだけで練習すると思っていたらしく、目を丸くして驚いている。


 そう、サッカーとは七対七でやる競技なのだがら、相手もいなくては試合ができない。つまり十四人必要なのだ。この前のスカーレットさんの指導の際サッカー大好きおじさんたちは平日の昼間もサッカーをしていると聞いている。そして、事情を説明したら練習を手伝ってくれると申し出てくれたのだ。実に気のいいおじさんたちである。


「というわけで紹介するぞー。フォワードのぺぺさん、左ウィングのイニレタスさん、右ウィングネッシーさん、トップ下ジダンダさん、左サイドバックのロベキャルさん、右サイドバックのラムーさん、そしてキーパーのカワグチェさんだ」


 俺が紹介するとおじさんたちはニコニコと手を振ってくれる。


「おい、おっさん、あのおっさんたちかなりおっさんもいるけど、大丈夫かよ?」


「バカ、失礼なことを言うな。見ろ、あのボールタッチを」


 おじさんたちはニコニコ手を振りながらボールを見ずにリフティングを続けたり、パス練習をしていた。まるでボールに意思があるかのように器用に操り続けていたのだ。


「……センセイ、ちょっと待ってて。私サインもらってくる」


「ほら、レオ見てみろ。アマネはもうおじさんたちの実力に気付いて、サインまでもらいに行ったぞ? でもアマネ? おじさんたちも流石にサインは──」


 と言ってる間にアマネはおじさんたちの下へ順番に渡り歩き、どこから出したのかサインペンで体操着に七人分のサインを書いてもらっていた。


「……書いたことがないだろうから無理なお願いはって思ったが、ペペさんたちサイン上手だな。でも、なんて書いてあるか読めないぞ? ま、サインなんてそんなものか。アマネよかったな」


「……うん、ヤクオクで出品したら……、ううん、トンデモ鑑定団に出したら……」


「ん? 何をブツブツ言ってるんだ?」


「なんでもない」


「そうか」


 ホクホク顔でなにやらブツブツ呟くアマネ。しかし、今は余計なことに時間を割く暇はない。


「さて、じゃあ早速サッカーについて教えていく。今から先生のことは監督と呼んでくれ」


「はぁ? おっさん何──」


「レオ、二度は言わないぞ? 監督、だ。特進クラスに本気で勝ちたいなら変な意地を張らずに言うことを聞け」


「……分かったよ、監督」


 語気を強めてそう言うと、レオは渋々俺のことを監督と呼んだ。俺は満足そうに一つ頷いて、表情を緩める。


「よし、まずはサッカーの極意を教える。ネッシーさん」


 そしてまずは俺自身が生徒の前で実演すべくネッシーさんを呼ぶ。と言うのも生徒たちは、俺が本当にサッカーができるのか半信半疑であろう。だからまずは説得力を持たすためにも実演をする必要があると考えたのだ。


「コホンッ。サッカーの極意とは即ち、ボールを止める。蹴る。以上だ」


 俺は止まっているボールをあえてわざとらしく踏んで止めておき、そのあとネッシーさんにパスをした。そしてネッシーさんはそのボールをピタリと止め、俺に戻す。それを俺は同じようにピタリと止めた。


「おぉー……」


 生徒たちからはわざとらしい声とこれまたわざとらしい拍手が起こる。


「……お前ら、教えるのやめるぞ? ふざけてるように思うかも知れないが、この止める、即ちトラップと、蹴る、キックをすることでサッカーは全て成り立ってるんだ。パスもドリブルもシュートもそれの延長に過ぎない。逆に言えばこれができなければサッカーは成り立たない」


 どうやら今の実演と説明では生徒たちの心の中に響かなかったらしくその表情はゆるゆるだ。しかしネッシーさんや他のサッカー大好きおじさんたちは俺の説明に親指を立ててニコニコ顔でコクコクと頷いてくれた。

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