第91話
「んっ?」
扉を開けるとまだボンヤリとした灯りが部屋を照らしている。ベッドの上にはウトウトとしながらリリスがまだ起きていた。
「おかえりリョウ、」
「ただいま、起きててくれたのか?」
「ふふ、外は寒かったでしょ? 一緒に寝よ?」
「ありがとな、」
コートを収納すると俺は椅子へと腰を下ろす。それと共にリリスもベッドから立ち上がると俺の隣へ座る。
「その左手、どうしたの?」
「少し野暮用でな。俺といればいつか分かるだろう…」
「そうなんだ。じゃあ私はその時まで待とっかな…」
「あぁ。今説明してもよく分からない筈だ。時がくればわかる筈だ…」
言って悪いが自分と表裏一体の存在であるもう1人の自分を認識するのは難しい。自分自身で経験しなければ……。
「それはそうと、エリちゃん、これからどうするの?」
「悪いが優司達に預けようと思う。流石に俺達の旅には連れていけないからな…」
「まあね。けどエリちゃんはなんて言うだろ?」
「俺達についてくる、って言うだろうな……」
「だね。どうするの?」
「………」
1人枕を抱えスヤスヤと眠るエリを見ると、本当に年相応に見える。が、いざ直に話してみるとこの子にはそれだけじゃない気がするんだ。
「ん?」
「この子は、説明すれば分かってくれると思う……」
「そうかなあ? まだまだ子供だよ?」
「んー、直感だが、エリは理解してくれると思うんだ…」
「ふぅ。リョウが言うならそうなのかもしれない。けどねリョウ、この子がどれだけ賢くてもまだこの子は子供なんだよ?」
「…………」
確かにリリスの言うことは間違っていない。どれだけ賢い子でも根本とするものは他とは変わらないものだ。
「もう今日は止めよう。また今度でいいでしょ?」
「そうだな。もう寝ようか、」
「うん!」
傍らの蝋燭を吹き消すと布団の中へと潜り込む。相当眠かったのか、布団に入った瞬間リリスは寝てしまって俺は1人、思案と云う無限ループへ迷い込んでしまった。
「なあもう1人の俺。エリを、どうすればいいと思う?」
《意外と早いお呼び出しだね?》
そう言うとさっきまで俺が座っていた場所に半透明姿の俺が腰を下ろした。
「あぁ。折角の話し相手なんだ。いいだろ?」
《まあね。けど、僕にそれを聞くのかい?》
「ん?」
《僕から言わせてみればあんな子供見捨てればいいと思うよ。それをわざわざ連れていこうとするから悩むことになるんだよ?》
「そうかもしれない。けどな、エリを見捨てたら本当にお前みたいになるだろ?」
《僕はその言葉をどう聞いたらいいのかな?》
「どうって……。人じゃなくなる、かな?」
《君は既に人じゃないでしょ?》
「それはそうだが……。とにかく俺はあの子を助けてやりたいんだ。どうにかならないか?」
《さあね。君が信用できる人に預けるくらいかな?》
「優司とかか?」
《違うよ。優司君は藍夏ちゃんとまだ進みきってないから進展が止まっちゃうかもね?》
「ぬっ……」
《君には信用できる人を探すくらいしか出来ないんだよ。優司君達が引き取りたいって言わない限りね!》
「礼を言う。もう1人の俺……」
《いえいえ。ずっと裏で君を見ているのも飽きてくるし、いい刺激になったよ。あばよくばそのまま僕を受け入れてほしいな~》
「ダメだ!」
《だよね~。また今度、》
目の前のもう1人の俺は声の余韻を残しながら消えていった。妙に眠い。もう寝よう……。
「ぅ……」
目を開けると目の前にあどけないまま眠るリリス。そしてそんな俺とリリスの間には小さなエリが静かに寝息をたてている。
「くぅぅぅっ!」
乱れた布団を2人へ被せると俺は1人ベッドから抜け出して服を着替える。
「まだ早いか?」
鏡を一瞥し扉に手を掛ける。まだ起きてない2人を放置して部屋を出るのは少々不用心かと思ったが過保護だろうな。
「~~♪~♪~~~♪~♪」
鼻歌混じりに部屋を出た先にはもう1人の俺。ホント暇人だな…。
《おはよう。早起きだね~》
「まあな。お前こそ早いんじゃないか?」
《僕には睡眠なんて意味ないからね~》
「………」
今気付いたが客観的に見ると俺は何も無いところに喋り掛ける頭の可笑しい奴だ。
《どうしたんだい?》
「お前、声帯も無いのにどうやって声を出してるんだ?」
《ふふっ、そんなの簡単だよ。魔力に乗せて意思を伝えてるんだよ。君でもできる筈だよ~》
「ん……」
とは言っても魔力に乗せて意思を伝えるなんてこと分からないんだよな。いや待てよ……。
《あー、あー、これでいいのか?》
《いいじゃないか。僕との会話はこれだね》
《そうだな…》
この世界を構成する全てに魔力が宿っているのは知っていた。ならば声にも宿っているのではないか? そんな仮説を立てた俺は言葉と共に放出される魔力に意識を巡らせてみたのだ。するとやはり声にも魔力は宿っていて、その音により魔力の量や密度が違うことが分かる。
《君はやっぱり凄いね。流石僕だよ!》
《お前のテンションは俺には似付かないがな…》
《ふふっ、君が落ち着いてるだけかもね!》
《………》
《君、僕に名前をつけてくれないかな?》
《お前にか?》
《そうだよ。僕と君は離れた訳だし、呼びにくいと思わないかい?》
《そうだな、なら………裏背、裏背でどうだ?》
《それって、後ろって読むんじゃないかい?》
《いいだろ。俺の後ろなんだからな!》
《………》
《決定だ!》
《……、そうだね。なら今日から僕は裏背と名乗るとしよう。改めてよろしくね白狩遼》
《あぁ、よろしく裏背、》
その言葉と共に裏背はいつも通りスッと消える。ホント気紛れな奴だな……。
それから数十分後、1階へと集まった俺達は食堂の一角を占領するように今日のことについて話し合っていた。
「リョウ、どうする?」
「港に行く。異議は?」
「無いよ、」
「ありません、」
「右に同意です、」
「私も!」
と言うことで話し合いは1分も経たずに終わった。
「やっとだな……」
「だね。私達、ここを目指してたもんね?」
「あぁ。行こう」
宿から出て港前に来るとドンと構える建物が立っていて次々と大勢の人が入っていく。俺達もそれに乗るように入っていくと中には1つのゲートがあり、その隣に係の人が控え客の札を確認している。
「何名様でしょうか?」
「5名です、」
「確認しました。お通りください、」
意外にセキュリティーが甘い。まあ時間が掛からなくていいのだが。まあそんなこんなで船の中へ入った俺達。入ったそこの内装の印象は普通の宿のようなものだった。外から見た船全体の外見的には中世の海賊船のようだったのだが……。とは言えそのことで止まっている訳にはいかない。そのまま客室前を通り甲板に出ると永遠の如く広がる蒼いソラスシアがあり、光り輝く太陽が海面を照らしていた。
「この船で数日、少し長いね……」
ユラユラと揺れる船内は決して心地いいとは言えない。それにハッキリ言って粗末なこの船は宿泊場としては劣悪だった。
「そうだな。少しキツイ……」
「うん。誰か体調崩さなけらばいいけど……」
「あぁ。優司、藍夏、エリ、皆いるか?」
『はいっ!』
呼び掛けると後ろの方から声が聞こえる。エリはいつの間にか優司達と仲良くなっていたようで優司についていっていた。
「そう言えばリリス、他の大陸に渡るのにシアミドルへ行く必要ってあるのか?」
他の3人が追い付いたのと同じ頃に聞いたのだが、その答えには全員が意表を突かれたようで…、
「無いよ!」
「えっ、」
「えっ、」
「えっ、」
「えっ、」
ここにいるリリス意外が同様の衝撃を受け、全員が一斉に驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
それから数秒は全員がこの行動の真意を問う自問に入り、微妙な空気の時間が過ぎた。




