第89話
「あっ!?」
「分からない人達ですね。それでは教えてあげましょう。氷魔法・囲氷風」
「あぁん?」
骨の髄までも凍らせるような冷気が掌から放たれたと思うと、男達を中心に渦を巻き始める。余波だけでもこの寒さだ。中の男達はどれだけ苦しいことか…。
「寒いですね。水を混ぜて差し上げましょう。水魔法・寒冷水」
これまた冷たい水分が男達へと放たれる。と言うことはどうなるだろうか。とてつもなく寒い所にとてつもなく冷たい水。予想通り、男達の氷像が完成した。
「………」
「完成です。どうですか、動けないでしょう。それでは魔法の危険性を教えて差し上げましょう。土魔法・土槍」
バキッ!
氷像に手を翳し魔法を放つ。と言うことは槍は掌から放たれ全くの身動きができない男の体を抉る。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「悲鳴。それは生きているから放てるものなのです。貴方が行った愚かな行動は俺達を殺していたかもしれません。それは今の貴方よりも悲惨なこと。そしてそれを行ったこの子にも深い傷が残るでしょう…。土魔法・土槍」
追加で他の氷像にも槍を刺していく。とは言え、同じことなのであえて同じことは言わない。これで終わりじゃないから…。
「それではそろそろ終わりしましょう」
バリンッ!
動きの出来ない鳩尾へと氷を割る気分で殴り付ける。氷の割れる爽快な音と共に氷の破片が身体中に刺さった男の体が俺の手を汚す。
バリンッ!
バリンッ!
バリンッ!
「貴方達、もう2度と俺の目の前に現れないでくださいね」
表面だけ血だらけの男達の体をギルドの外へと投げ捨てると後に残った氷は魔法を解いて消し去る。そして少し残る血は足で踏み消した。
「リョウ、もういい?」
「あぁ。もう大丈夫だ!」
「分かった。2人共戻った来て! あと君も、もう大丈夫だよ!」
「は、はい……」
手を離された女の子はゆっくりと目を開けてキョロキョロと周囲を見回す。そして、
「お兄さん、達は、何処に、行ったんですか?」
「聞こえてただろ。悲鳴と破壊音が?」
「はい……」
「魔法とはこれほど迄に危険なんだ。そう簡単に使うなよ?」
「はい…」
「お前達もだぞ?」
『はいっ!』
「と言うことでリリス、先に出ていてくれ。俺はパッと船の済ませてくる!」
「うん! じゃあ2人共行こっか?」
「はい、」
他の冒険者は全員が冷や汗を流し壁に張り付くようにして俺を避ける。その中をリリスは2人を連れて出ていった。
「すいません。シアミドルへ行きたいのですが…」
「はい。何名様でしょうか?」
こんな時でもギルド職員は淡々と業務を執り行う。これが出来るのと出来ないではやはり質は変わってくるものだな。
「えーと、4名で‥んっ?」
その時、裾を引く感覚と共に振り向くと例の女の子が控えめに俺を見上げている。
「えーと、その……」
「なんだ?」
「お金、お金貸してくれませんか!?」
「はっ? 今か?」
「は、はい…」
「何故、他をあたればいいだろ?」
「………。お兄さんが1番優しそうだから…」
「はあっ?」
分からない。俺はこの子の前で優しさなんて微塵も出していない筈だ。どちらかと言うと冷徹なことをした気がする…。
「お願いします。必ず返しますから…」
「はぁ、で、何に使うんだ?」
「船です…」
「船?」
「はい。シアミドルまで向かいたくって…」
「………。何の為に?」
「しゅ、修行です…」
「ここじゃダメなのか?」
「………。ここじゃ苛められるから…」
「はぁ、仕方ないな。後で返せよ、」
「は、はい!」
ホントにどうしてこうなった。金には余裕あるがなんの為に俺は払ってやったのだろう。俺も甘いな…。
「あの、船の方は?」
「あー、5名でお願いします」
「分かりました。ではこの札を係の者にお渡し下さい。有効期限は7日間です、お気をつけください」
「分かりました。では……。お前も、行くぞ!」
「は、はい……。っ! ありがとうございます」
俺の足元にピッタリ引っ付かれては歩きにくい。襟の部分を持ち上げると肩に乗せる。手では抱えてやれないからな。
カランッカランッ、
「どうしたのその子?」
「あー、気紛れだ。船の料金払ってやったんだ!」
「そうなんだ…。リョウらしいね、」
「そうか?」
「うん……」
「リリス、1つだけ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「いいよ!」
俺の目の前には血だらけの人が4人。優司達2人の試合相手になっていた。
「あのドンパチやってる相手は俺がさっき締めた奴等か?」
「うん、そうだよ。逆恨みか何かで私達を襲ってきたから、優司達の試合相手にさせてもらってるの!」
「そうだったのか。それにしては一方的だな…」
「まあね。2人共、強くなってるってことよ!」
「そうだな……」
なんとも感傷深い。数日とはいえ面倒を見てやっていた子達の成長した姿を見れるのは嬉しい限りだ。
「リョウさん、って言うんですか?」
視線を横に向けると俺の目を覗き込むクリクリとした瞳。
「そうだ。俺はリョウ、こっちがリリスで、向こうの男の方が優司、そして女の方が藍夏だ」
「分かりました。よろしくお願いします!」
「あぁ。よろしく。そう言えばお前の名前、聞いてなかったな?」
「ごめんなさい、私の名前はエリって言います!」
「よろしくなエリ!」
「はい、よろしくお願いします!」
笑顔に答えるその顔が無邪気に見える。が、逆に底知れぬ深さを感じた。俺はその時まだ肩に乗るこの子の抱える悲しみを知らなかった。
「さあ、今日は帰るか? それとも回るか?」
「どうしよっか。折角の港町だしお魚食べたいよね?」
「まあな。優司、お前達はどうする?」
「僕達はリョウさんに付いていきますよ!」
「分かった。そう言えばエリ、お前は戻らなくていいのか?」
「はい。私、もう帰るとこないから…」
「………。悪かったな、」
「いえ。私こそ、ついてきちゃって、ごめんなさい…」
「それは大丈夫だ。俺達にはまだまだ余裕あるしな!」
「あ、ありがとうございます!」
「とは言え、敬語は止めてくれ。お前のような子供に敬語を使われるなんて何処かむず痒い…」
「は…、うん!」
前も言ったが俺の育った所は子供が少ないから血縁でなくても全員が兄妹みたいだった。だから小さい子は皆で面倒見る。まあ、それも歳をとるごとに関係も薄れてしまったがな……。
「皆、回るといってもまずは飯にしないか? 腹へっただろ?」
「はい。実は僕も…」
「私もです…」
「なら決まりだな。リリス、行こうか?」
「うん!」
ここは港町ということもあり海鮮が多かった。建ち並ぶ店にも魚介が並べられて、店の看板には魚や貝、はたまた見たことのないものまでが描かれている。
「色んな物があるんだね~」
「だな。取り敢えず適当に入ろう。観光はその後だ」
「分かった。なら私が決めていい?」
「あぁ。優司達もそれでいいか?」
「はい!」
既にソラスシアが見える位置まで歩いてきていて、地平線の彼方までの蒼が見通せる。
「夏になったら泳ぎに来たいな?」
「うん。こないだは寒かったし、リョウも万全じゃなかったからね!」
「その件はすまなかったよ…」
「いいよ~! 私も恩返し出来た気がしたし!」
「だから恩返し、とかじゃないだろ?」
「それも聞いた~!」
「ふふっ、」
「ふふ、」
「リョウさん達、仲良いんですねっ?」
「まあな。俺とリリスはこれでも…、なんだろうな?」
「そうだね~。まだ恋人、かな?」
「そうだな、恋人、かな?」
「どうして疑問形なのよ!?」
「もう恋なんて域越えてるだろ?」
「ふふっ、リョウったら!」
少し赤くなったリリスの笑みにドキっとした。やはり慣れないものだ。いや、慣れなくていいか。




