第86話
翌朝、
「ふぁぁぁぁ、」
爽やかなすきま風が鼻先を掠め俺は目を覚ました。横でスヤスヤと眠るリリスを一瞥し、俺はテントを出る。これだけ寒いのだ。当然湖の表面は分厚い氷で覆われ余程のことでなければ割れないだろう。
バキッ、
「ピピッ、」
テントの前に落ちてあった物を踏み割った音で木々にとまる鳥達は一斉に羽ばたいていく。その姿がまるで朝を運んでいるように見えた。
「まだ寝てるな、」
言っては悪いがリリスには相談事は向いていない。その為、コイツらの相談に付き合わせるとお互いに可哀想な結果が見えた。
「火魔法・灯火」
消えた焚き火に炎を灯して、そこへ腰を下ろす。パチパチと燃える炎が冷える体を温めてくれた。
「おはようございます、」
「おはよう。どうだ? 何か進展はあったか?」
焚き火の近くへ腰を下ろす優司。
その顔には若干の自信が浮かんでいて、聞く前からその結果は目に見えていた。
「はい! 昨日、ソッと手を繋いでみました。藍夏ちゃんがどう思ってるかは分かりませんけど…」
さっきとは打って変わった自信無さげの顔で笑うとポリポリと頭を掻く。自信もっていいのにな~。
「そうか。で、優司は俺に何を聞きたいんだ?」
「はい。ズバリ、どうすればもう少し進展しますかね!?」
「ほう。積極的だな。迷惑、とかはもう良いのか?」
「はい。実は僕自信が好きになっちゃって、もっと仲良くしたいなって……」
「ふっ、それでいい。俺にやらされてる状況じゃ発展も見込めないだろう」
「ん、」
「ズバリ、答えよう。仲を進展させる方法は……」
「………」
静かな静寂と緊迫した緊張感。その中で俺が発した答えは…、
「デートだ!」
「っ! そ、それは急過ぎませんか!?」
「大丈夫だ! 俺達はデートっぽいのなら会って2日目だったぞ!」
「2日目ですかっ!?」
「あぁ。今度もまた予定してるしな、」
「予定…、デートのですか?」
「そうだ。優司達もあまり重く考えず行ってくればいい。普通に遊びに行くだけだろ?」
「は、はい!」
「なら大丈夫だ。まあ、今すぐは無理だろうかがな……」
「ですね、」
「だから今は2人っきりってのを大事にすることだ。鍛練の時も、移動の時も、そんな時間を大事にしろよ!」
「はい!」
「と言うことで藍夏が起きたら行ってこい! この池の周りを5周でいい!」
「は、はい……」
湖の近くというのもあるのが、辺りには薄い霧が立ち込めていた。普通はこんな中を初心者2人だけで走らせるのは不安なのだが、これくらい出来ないのでは困る。
「けどまあ、最低限はさせてもらうぞ!」
小さな小さな、指先の上に収まる程の魔晶を発動させると小さな狼と化す。これを優司に忍ばせようと思うのだがここで難点。恐らくはコイツ1匹がいても全くの戦力にならないのだ。と言うことはコイツを送っても無駄。
「だから小細工だ、」
体というのは基本的に魔力量に比例している。なので魔力量を上げればこの疑似生命を大きくするのも可能なのだが、その膨大な魔力に魔晶が耐えられるとは到底考えられない。
なので…、
「短期決戦だな、」
時間を掛けては魔晶が耐えきれず崩壊。ならば短時間だけでも活動出来るように魔力吸収と耐久強化を込めてやればいい。
「できた……」
他と違う操作をするのは疲れる。壊れる前提で作った魔晶。コイツから生成する疑似生命にも感情があり必ず壊れる術を組み込むのは心苦しい。まあ、発動しなければいいだけなんだがな…。
「おっ、2人共来たか!」
「はい!」
「はい、」
「よし、なら仲良く行ってこい! 霧には気を付けろよ!」
「はい~!」
「分かりました!」
走っていく優司の襟へ今作った特別製の疑似生命を放つ。気付かれては2人の雰囲気が変わるかもしれない。だから小さくする必要があった。
「行ってしまったな、」
実を言うと2人は意外に俺の暇潰しでもあった。リリスはまだ寝ているしすることなんて魔晶を弄るくらい。
「暇潰しでもするかな、」
実は俺の暇潰しにはもつ1つある。それはスキルの検証。あまり使わない『生魂支配』と『能力工学』については俺はそこまで理解できていないのだ。
「取り敢えずは『生魂支配』から…」
ここで大事なのが『魔ノ賢者』。これは魔力に関することを全て理解し、感知し、全知することが可能なスキルだ。と言うことはスキルの内容とかも理解することができて、それによるとこの『生魂支配』とは『魂喰い』の派生版のようだ。とは言え派生版と言うことは『魂喰い』よりも優秀だ。なんせこのスキルは変換だけではない。支配できるのだから……。
「『生魂支配』」
スキルを発動すると自分の中に貯まる生魂というのを感じることができる。その魂というのには1つ1つ強力な魔力を発する塊で、これを分解して蓄積していた自分の体に驚愕する。
「これが、生魂か?」
体の中から魔力を動かすのと同じような感覚で手の上へと浮かべてみる。するとフワフワと浮かぶ白い塊が手の上を浮かぶ。
「何か、ないか?」
周囲を見回すが被検体になるような物は見当たらない。『魔ノ賢者』との併用で使用しているのだが、この生魂でできることは色々とあるらしい。その中で1番身近なのは凶悪なレベルの回復と、これまた凶悪なレベルの魔法だ。元々魔力の塊である生魂を元々魔力に半依存しているこの世界の肉体に馴染ませれば回復するのは当たり前のことだろう。また、魔法も同じだ。そんな生魂を使えば魔法の威力なんてはかり知れない。
「まあいいっか、」
今すぐ試す必要なんてない。試す機会は今からいくらでもあるだろうからな。
「ふっ、」
浮かぶ生魂を握りしめると自然に消えていく。俺の体に戻ったということなのだろう。こんな物、リリスに見せたら怖すぎて俺から離れてくれなさそうだ。
「まあ、それもいいかもしれないな!」
怖いって言って俺にしがみつくリリスが目に浮かぶ。そして毎度恒例、それを可愛いと言って少し放置する自分も……。
「止めよう、」
仕方ないときはいいが、わざわざ怖がらせるなんてしたくないからな!
「………」
朝一の陽光が氷を通し俺を照らしている。眩しすぎる程の光が湖の灯りと化していた。
「ん、」
物音が聞こえる。どうやらリリスが起きてきたようだ。2人のこと、どうやって説明するかな…。
「おはようリョウ~」
「おはよう。昨日は眠れたか?」
「うん。起きた時にリョウが目の前にいてビックリしたけど…」
「そっか。悪かったな、」
「大丈夫大丈夫。2人はまた走ってるの?」
「あぁ。この池を5周程な、」
「やっぱり鬼じゃない!」
「大丈夫だ。アイツ等の希少な2人っきりの時間なんだぞ!」
「なら私達も2人っきり!」
「ふっ、そうだな。来いよ、」
「うん!」
やっぱり俺達も触発されているのかな。なんというか、向こうでは完璧に苦手としていたバカップルに自分も仲間入りしてしまっている。
「リョウ温かい…」
「………。ん、」
「っ!」
特に突出して特別ではないのだが、リリスは俺の横ではなく俺の前に腰を下ろした。凍えるリリスを両手で包み込み、自分に密着させる。
「この方が寒くないだろ?」
「優しい!」
「俺も触発されたんだよ! あんなの見てたら自分達に重ねるのも無理無いだろ!」
「ふふっ、私はこのままずっとでも嬉しいよ!」
一時の静寂の中、朝から俺達2人は2人っきりの空間を楽しむのであった。




