第196話
静かな静寂があたりを包む。血塗られた花達は血生臭い風にその身を震わせた。
「これも開拓の1つだよね?」
「あぁ。レジェについてはサンに護衛を頼んだ。本気でやれよ!」
『了解!』
既に植物の屋敷は復元済み。血にまみれたこの土地はそのままに残し俺達は門の前に立ち尽くす。
「来たな…」
「それも物凄い数だね」
「あぁ。戦闘の奴は俺が殺る。続け!」
『了解!』
初めての御披露目だな。濃い深紅の刃は夜の月光に輝きを増し、血を求めるように俺の魔力を吸いとる。
「ギャァァァァァゥ!」
先頭を走るのは真っ黒な毛皮を纏う獣。その胸元は血に染まり、爪にはまだ新しい血の跡が残る。
「勝負だ!」
ガキンッ!
流石と言わざるおえないスピードと力だ。濃厚な魔力に覆われた爪は俺の刃を力強く受け止める。
「ギャァァァァァゥ!」
大きく開かれた顎。ソレは俺の首を真っ直ぐに狙う軌道で進んでくる。
「やらせるかよ。刀技・壱ノ閃!」
煌めく刃が深く獣の肩を斬る。しかし少し間に合わなかった。牙は首を守ろうとした俺の左手を深く抉る。
「ギャァァァァァゥ!」
血を吸いとろうと必死に力を込める獣。しかし無理だ。何故なら俺の左手は…
「実体なんてないからな!」
噛まれたままの左手で獣の首を掴むとそのまま気道を潰す。そして刃と化した左手はその首を綺麗に切り裂いた。
「ふっ、弱いな…。まだまだいるんだろ?」
俺が振り向くと共に突進してきた魔物がいた。ソイツに触れた俺の腹は黒く焼け焦げ嫌な臭いな鼻を掠める。
「ーーーー!」
1度退いた魔物はそのまま飛び上がると再び俺に向かい突っ込んでくる。しかし無駄。それを許す俺じゃない。
「っ!」
左目に魔力を込め睨み付ける。すると必死に翼をばたつかせる魔物は急に立ち止まったかと思うとそのまま地上へと落下した。
「ケルベロスを殺したことで得たモノだ。格下のモノなら容易く支配し操れる」
俺は墜ちた魔物へ刃を突き立てる。赤い血が飛び散り刃と俺を濡らす。
「そう言えばコイツの名前、「紅喰」って言ったかな…。どうりで…」
殺す度に刃の輝きは増し、刃の切れ味も軽さも良くなっていく。つまりこの太刀。能力は…、
「吸血か…」
血を吸うことで力を増す。それも恐らくは限界なんてない。シュラ…何てのを造ったんだよ…。
「ギャァァァァァゥ!」
「まだいたのか。今度は負けんぞ。
刀技・針嵐閃」
優しくなぞった空には白い筋が残る。そしてそれがバラバラに崩れたかと思うと獣は大量の小さな針に貫かれ死に絶えた。
「ふぅ…。次は‥」
「ニャガァァァァッ!」
顔にへばりつく血を拭い顔を上げると、丁度目の前に大きな猫がいた。所々の毛皮から肉が見えている…。正直キモい…。
「まあ、殺すことに変わりはないがな!」
姿勢を低くし爪をよけると、右手に構えた太刀を斬り上げる。血に濡れた刃が再びその輝きを深めた。
「面倒だ。各個撃破するぞ。『暗人ノ秘術』」
数十人に分かれる俺の分身。ソイツらは俺と同じスキルと力をもち、装備も同じだ。と言うことは単純に考えても戦力が数十倍となる。
「お前達。森と平原の境で魔物を撃破しろ!」
『了解!』
そう言って走り始める分身達。これぞ分身のいいところ。完璧に術者に従順なのだ。
《ねえ白狩君。僕にもくれない?》
《俺の分身をやろうか?》
《いいの!?》
《今は1人でも戦力が欲しい!》
俺が言葉を吐くのと共に目の前の裏背は消え去る。その代わり、翼を生やした俺が空から降りてきた。
「やっぱり実体はいいね。君の身体、凄く凄くイイヨ!」
「それはどうも。くれぐれもリアス達にチョッカイなんて掛けるなよ?」
「うん!」
「チッ…。やったら殺す!」
「おー、怖い。じゃあ行こっか。折角の体だからね!」
そう言うと裏背の体はドス黒い鎧に包まれる。あまりに黒く禍々しい鎧は見ている者を威圧する。
「お前だけにやらせるかよ。『絶炎ノ武具』」
俺の体を炎が侵す。そしてそれが晴れた時には真紅の鎧が俺を包んでいた。
「君のも威圧感タップリだと思うよ?」
「聞こえてたのかよ。まあいい。第二ラウンド、始まりだ!」
「共闘は初めてだよ。楽しみだな~」
「ふっ、暢気な奴だ!」
いつの間にか現れた禍々しい黒い剣はその瘴気により分身である裏背の手を侵していた。恐らく俺のスキルを工夫し造り出したモノなのだろう。
「行くよ!」
「今回ばかりは付き合ってやる!」
その声と共に目の前の魔物は2本の斬撃により斬り殺される。素早すぎて暫くは何の変化もなかったが次の瞬間、傷口を抉じ開けるように血潮が夜空を舞った。
「これが血の味、心地いい…」
「裏背、完全にヤバい奴だ?」
「君には分からないのかい。あ、そうか。これのせいか…」
裏背は自分の身に付ける鎧を見ながらそんなことを呟く。そう言えばあの鎧には『鮮血覚醒』も混ざっていたな…。
バンッ!
「取り敢えず油断するなよ。数は多いんだから…!」
「分身の肉体は君が生きていればいつでも作れるでしょ?」
「ぐぅ…。俺の魔力が削られるだけなんだが…」
「大丈夫。君の魔力は無限だよ!」
そう言って笑う裏背は剣を振り上げる。真っ黒な邪力を多分に纏う刃はそれだけで周囲の生き物を殺せそうだ。
「ギャァァァ‥」
「僕に力をくれるのは君達だろ?」
後ろから腕を振り上げる獣の首を振り向き様に斬り飛ばすとその吹き出す血潮を嬉しそうに浴びる。そう言えば他にも覚醒系列のスキルがあったな…。
「少し真似をさせてもらおう。『潜在覚醒』」
体の奥底をノックした気分だ。中から少しだけ溢れてきた邪力が抱き締めるかのように俺を包み込む。そしてそれらは自然的に俺の体へと吸収された。
「ふふ、君もそれで3割は完全掌握だね!」
「そう、なのか? けれど確かに身体能力を含め魔力、邪力は高まったな」
しかしなんだろう。まだまだあると思う。こんなモノじゃない…。もしさっきの扉を完全に開け放ったのならどうなるのだろう…。
「じゃあ行こうよ。君も試してみたいだろ?」
「その通りだ。お前も暴れたいんだろ?」
「よく分かってるじゃないか!」
「自分だからな。行くぞ!」
「ん!」
グサッ!
俺達の間に飛び込んでこようとした魔物へ同時に刃を突き刺す。そしてその肩を持つと同時に顔面を殴り飛ばした。
「汚いな…。流石魔物だ!」
「ふっ、仕方ないじゃないか?」
ドンッ!
棍棒を振り上げた定番の奴の首を掴む。向上した身体能力はその首を締め付けるだけじゃ収まらず…
ボキッ…
折った…。醜く太っているにも関わらず脆い骨だ。片手で握っただけで折れてしまうのだから。
バンバンッ!
「君も油断はよくないな?」
日緋色の拳銃が血を受けて不気味に煌めく。銃口から白い煙を上げる姿は実に画になっている…。
「お互いと言うことにしてくれよ。俺達が気付かぬ間に、危険な奴の侵入を許したんだから」
俺の目線の先、そこには何の変哲もない森林が広がっているのだが、急にガサガサと木々が揺れると共に赤い巨体は翼をはばたかせながら飛び出してくる。
「白狩君、僕には大きな炎鳥に見えるんだけど違う?」
「俺もそう見える。しかし圧力的には精霊じゃないんだろうな」
「そうだね。けど、殺してみればわかるよ!」
「ふっ、そうだな…」
「○△□○△□○△□!」
相手の正体を知らぬまま対峙するのは愚策以外の何者でもない。しかし引きすぎて失うのは愚者のすることだと思う。
「勝負だ!」
「○△□○△□○△!」
圧倒的な咆哮を前に俺達は笑みを浮かべた。始めようじゃないか。これが真の俺達2人での共闘だ。