第195話
翌朝…、
「えー、連れてってくれないの?」
「すぐ戻ってくる。それに2人にも頼みたいことがあるんだ」
シュラが来ないにしても俺は森を買おうと思っている。そろそろ宿暮らしも飽きた…。
「えー、じゃあもしかして皆別行動?」
「そう、なるな。リアスとユウリは地下洞。ティナとサンは例の場所だ。出来れば不要な魔物を消しておいてほしい」
「んー、分かった。でもレジェは?」
「俺が連れて行く。出来るだけ終わらせたいんだ」
「分かった…。じゃあもう出発?」
「あぁ。終われば各個迎えに行く。じゃあな!」
俺はそう言うとレジェとリリスを連れ宿を出る。「さあ、買いに行こう!」なんて言いたいところなんだがそうもいかない。一応、仕事があるからな…。
「今日はなんて人なの?」
「ダザンっていう庭師だ。貴族街の屋敷にいる」
「えっ、じゃあ雇われてるってこと?」
「そうだ。貴族本人には許可もとってあるらしいから大丈夫だ!」
「そ、そうなんだ…」
しかし当然、武器を持って貴族街を出歩くなんて言語道断。と言うことで今回も離れた所からの狙撃になる。
「私はついてきてもよろしいのですか? 宿に残る方が良い気がするのですが…」
「仲間に寂しい想いはさせられないだろ?」
「っ!」
隣ではヤレヤレと言うような表情を浮かべるリリス。とは言え、何処から狙おうか…。
「リョウ、どうやって狙うの?」
「そうだな………、ん、あそこはどうだろう?」
俺の視線の先には高く聳え立つレンガ造りの塔。そう言えばなんなんだろうな、アレ。
「不法侵入になるんじゃない?」
「大丈夫だ。気付かれない!」
「ん?」
その頃には俺を含め3人の体を魔力が包み込んでいた。そして一瞬で黒く染まったかと思うと俺達の体は塔の最上階にあった。
「影移動。既に無詠唱だ」
「スゴいね…。まだまだ私には無理…」
ションボリと肩を落とすが別にリリスに才能が無いわけじゃない。ただ俺の成長速度が馬鹿げているだけだ。
「ふぅ。ここからなら真っ直ぐ狙える」
「だね。1発?」
俺の視線の先では箒片手に庭の落ち葉を掃除する庭師。しかしその本性を知っている者は絶対に惑わされないだろう。なんそ奴の正体は貴族を何人も殺した連続殺人犯なのだから。
「奴の首は分身に回収しに行かせた。殺した瞬間、飛び降りるぞ!」
「了解!」
リリスの返事を受け、俺はライフルを構えた。奴の後頭部へ狙いを定める。
「貫く!」
その声と共に奴の頭を魔力の弾丸が貫通した。脳味噌と共にぶちまけられた血は奴が掃き清める庭を容赦なく汚す。
「やった、ね?」
当の貴族に許可をとったとはいえ、法律的には完璧にアウトだ。鈍く輝くライフルをアイテムボックスへと片付け俺はレジェをしっかりと懐に抱いた。
「あぁ。行くぞ!」
俺はそう言うと窓から飛び降りた。高さ50メートルはあるであろう塔から飛び降りるなんて本来なら自殺行為のなにものでもない。
「魔法は使わなければ。闇魔法・影移動!」
俺の閉じた指の僅かな影。俺達はその中へ吸い込まれながらある場所へと飛ばされた。
「ふぅ。おはよう!」
「おはようございます。当然なご登場ですこと…」
クリスの部屋。ある程度予想出来ていたのかその反応は薄めだ。
「悪いか?」
「いえ、全くもって…」
「そうか。リスト通り1人殺してきた。首は俺の分身がじきに持ってくるだろう」
「分かりました。ではどうしてここへ?」
「土地を買いたい!」
「そうですか。では何処を?」
「森一帯だ!」
「えっ?」
驚いた顔。その顔にどこか買ったような気分になって俺は少し嬉しかった。
「おかしなことでもないだろ? 地図で示した方がいいか?」
「い、いえ…。私が与えた権利を使えばここを囲む森一帯を買っても余る程です。しかし勿体無いのでは?」
「大丈夫だ。必ず有効活用させてもらう。あと、俺の所有物だがこれまで通り魔物は狩ってくれて構わない。ただし、ギルドには金を払ってもらうぞ!」
「分かりました。私から話をつけましょう」
「それでは俺はこれで。連れを待たせているので!」
「いえ、少し御待ちを…。権利書の受け渡しが必要です」
「そうか…。なら明日にでも用意していてくれ。待っているぞ!」
「リョ‥」
バタンッ!
俺は扉を閉めた。面倒なことは疲れる。俺は1度振り向くと再び歩き出した。
「これで土地の購入は完了。あとは開拓だな」
「そうだね。それも、リョウがいれば簡単な話なんだけど!」
「まあ、そうだが…。大変なことは変わらないぞ?」
「うーん、まあ、そうだけど…」
訓練所を出ると俺達は路地裏へと移動する。昼間のせいか騎士の数も極端に少ない。
「じゃあ行くぞ。闇魔法‥」
目的地は例の地下洞。最悪の場合、そっちの方が危険だから…。
「あ、リョウ~!」
影から飛び出すのと共に何かが俺に抱き付いてくる。その正体は俺のよく知る人物だ。
「リアス、抱き付くなって。動けないだろ?」
「嫌だ~! 連れてってくれなかったじゃない!」
「はぁ。分かったよ…」
山吹色の綺麗な髪が目の前で舞う。特徴的な大きめの尻尾が左右に大きく揺れる。
「リョウ、特に魔物はいなかった。新しく出来た、いや、作られた壁も特に問題はない」
「この状態でか!?」
盛大に甘えるリアス。ギュゥッと俺を抱き締めながら頭を擦り付けるリアスは獣人らしい、というかリアスらしいというか…。
「ここまで来るのに通った地下の洞窟も特に異常はなかった。しかし湖の中にいる魔物達の数は増えていた」
「お前、意外にマメなんだな?」
「これでも憲兵団直轄の暗殺者だ」
暗い表情で薄く笑うユウリ。嫌なことを、思い出させてしまったな…。と言うか、いつになったら止めるんだよリアス!
「止めないよ~!」
「お前は人の心でも読めるのか?」
「えへへ、リョウのだけだよ!」
わざとらしく「やあっ!」と顔を押さえるリアス。ホント、コイツは俺といない時ってどうしてるんだろうな…。
「リョウ、そろそろ行ってあげなきゃ?」
「そうだな。リアス、続きはまた宿に戻ってからな?」
「分かったよ~」
そう言って一旦離れるリアス。リリスとユウリの温かい、が冷めたような視線を受けながら俺は魔法を準備する。
「行くぞ。闇魔法‥」
『影移動!』
俺の方へ視線を向けるユウリ。片目を閉じたユウリには薄い笑みが浮かんでいたが、次の瞬間その間には影の壁によって閉ざされた。
「んっ…。凄いな…」
そこはまるで魔物の墓場。美しい筈の花達は気味の悪い血花と化していて、切り飛ばされたのであろう肉片には小さな虫が群がっていた。
「ねえ、無事だよね?」
「多分、な…。ここは俺の予想以上だったようだ…」
こないだ、帰る時に疑似生命達を大勢放った筈…。にも関わらずこれだけの被害が出るなんて、多分俺の大事な疑似生命達はやられたんだろうな…。
「やはりここか…」
俺が向かったのは即席で作った植物魔法の屋敷。既にそこはボロボロで恐らく魔物による襲撃の跡なのだろう…。
「リョウ兄!」
扉を開き中を確認する。が、中の様子は思っていたよりは荒れていない。と言うよりも全くと言っていいほど荒らされていなかった。そしてそんな中からティナは出てきた。
「大丈夫か?」
「うん。けどボロボロになっちゃってて…」
「分かっている。今夜は戦だ!」
「リョウ兄ー!」
「お前達、協力してくれるか?」
「当たり前でしょ!」
「友の頼みは聞くべきだろう?」
「楽しみ!」
血気盛んに武器を握り締める皆。俺は今夜の血の舞に期待を寄せながら刃を撫でた。