第194話
「うんっめぇぇ~~~!」
ドカッ!
打ち付けられたビールがその濃厚な香りを部屋中に満たす。ここは鍛冶屋の中、それも普段使わないと言う客間だ。
「本当にいいの? あたしが御世話になって?」
「まだ言うのか? さっき「ついていかせて下さい」って言ってただろ?」
「そうだけど…。あたし、強くないよ?」
「そんなのレジェも同じだ。なあ、レジェ?」
「はい。恥ずかしながら…」
やはり戦闘能力の皆無なレジェは俺達の内じゃ浮いてしまっていた。俺も気付けば話に巻き込むのだがそれでも過ごしにくいのは確かだろう。
「似た者同士ですね!」
「はい。仲良くしましょう」
顔を見合せ笑いあう2人。親父さんはどこか吹っ切れたように酒を飲んでいた。そしてその隣ではリアスとリリスが同じような勢いでジョッキごと傾けていた。
「リョウ兄、また急だね…」
「ゴメン…。けど、そろそろ整えなければならないんだ」
「どうして?」
「俺はお前達を害する奴らをどうしても許せない」
「…………」
十字架を掲げ俺の仲間を害する奴らの姿が目に浮かぶ。しかし俺1人が滅ぼすにはどうしても危険が広がりすぎてしまう…。
「明日、クリスに頼んで土地を買おうと思う。買えるだけの森をだ!」
「森!?」
「明日を楽しみにしておけ!」
シュラの為、なんて聞こえの良いことは言わない。前々から思っていたことだからだ。
「お父さん、サン、お酒飲めない…」
「ふっ、無理して飲む必要はないぞ。こっちこい!」
小さな器に揺れる鮮やかで美しい洋酒。フルーティーな香りにアルコールの強い香りが混ざり飲みやすい、のだがやはりサンには苦手なんだろうな。なんと言ってもティナも苦手がってるのだから…。
「うゃ!」
「酒宴だからって酒を飲む必要はないんだ。そうだ、これ、飲んでみるか?」
酒宴。それは飲めない人間からすれば苦痛以外の何物でもない。と言うことで何がいいのだろう、と考え俺が思い付いたのは……。
「甘い…。色んな味がする!」
「フルーツ、けど1つじゃない?」
「ん、俺も……て、ジュースじゃねえか!」
「正解だ!」
そう。俺が錬成していたのは大量のフルーツを組み合わせジュースにした、所謂ミックスジュースというものだった。
「ユウリ、お前はこないのか?」
「嫌いじゃないが…アルコールには弱いんだ…」
いつかのバーでのことを思い出し自嘲的な笑みを浮かべた。アルコール臭に満ちた部屋の中では呼吸するだけで酔いそうだ。
「なら飲まなくていいじゃないか。こいよ!」
聞かなくても分かるようなあからさまな人見知りであるユウリ。見知った仲とはいえ人の集まる場所は苦手なのかさっきから階段に腰掛けていた。
「ん、俺はここで‥」
断ろうとしたユウリ。しかしその時には俺の体は後ろからユウリを抱き締めていた。
「行こうぜ?」
「ん、んぅ…。分かった…」
下を見て小さく呟いた。別に無理矢理連れて行くなんてことをしたいわけじゃない。けど、1人だけハミゴなんて可哀想だろ?
「リョウ、その子は戦える?」
「ユウリだ。ユウリは…まあ、リアスと互角じゃないかな」
「っ!」
驚愕に目を見開くシュラ。まあ、自分と同じ、もしくは自分よりも小さなユウリがそんな実力を有するなんて考えもよらないだろう。
「人は見掛けによらないものだ…」
俺はそう呟くとユウリにも席をすすめる。そしてそれからも皆は色々お話し掛けてくるのだが俺にはあまり響かなかった。ただ…
「こんなものだな…」
誰にも聞こえないような音だったがちゃんとした意味があるのは分かる。ただ自分の口から吐かれた言葉なのにその真意は真相心理の中で、俺には全くと言っていい程理解できなかった。
「お世話になりました」
「………。じゃあな…」
「父さん…」
さっきまでどんちゃん騒ぎしていたのが嘘のようだ。ションボリと哀しげな雰囲気に満ちた親父さんの姿はあまりにも、酷い…。
「シュラ、俺達は先に歩いている。話がついたら来い、な?」
「う、うん…」
親父さんもシュラも、2人で話したいこともあるだろう。酔い潰れたリアスは俺が、リリスは獣に戻ったサンが背負う形で俺達は歩き出す。
「シュラ、大丈夫でしょうか?」
「全てはアイツの判断だ。アイツがやはり残りたいと言うのなら俺は無理に連れて行くきはない」
いつの間にか仲良くなっていたレジェは心配そうな表情で何度も後ろを振り向く。
「リョウ兄はそれでいいの?」
「俺は来る者は拒まない。そして人に強要することもしない」
「…………」
これは俺の信念だった。自分に好意を寄せ近付いてきた者を無下にするつもりはない。そして己の意思を押し付けることも…。
「しかしリョウ様はお優しいのですね?」
「急にどうした?」
「いえ…、自分の意見を通そうとされないので…」
「………それは少し違う」
「?」
俺は自分の意見を通さないんじゃない。ただ、寛大に相手の意見にも耳を傾けるだけだ。しかし自分の根本の意見は貫かなければならない。
「お前には、今度働いてもらうぞ」
「はい…」
俺は、それだけ告げると再び歩き出す。再び静寂が周囲を満たした。
「ん?」
「来たな」
後ろを振り向くと黒い影が密かな光の中に映った。そしてその中からは橙色の髪を揺らして少女が出てくる。
「リョウ…」
「………」
「ゴメン!」
「………」
「やっぱりあたし、父さんを置いてはいけないよ…。本当にゴ‥」
一瞬で近付くと流れるような動作で口を塞ぐ。絶対に、言わせない。そもそもシュラが決めたことなら俺が口出しなんて出来ない…。
「お前が決めたことなら俺は喜んで受け入れよう。後悔の無い答えを導けたならいい」
「リョウ……」
少し赤くなりながら口元を押さえるシュラ。ただ、やはり少し哀しいな…。
「来たくなればいつでも言うといい。俺はお前を裏切らないと誓おう」
「……あ、ありが、とう…。本当に…」
「泣くなよ。ホント、よく泣くな~」
緊張の糸が切れたように泣き出すシュラ。懐に抱き締めた背中をさすりながら俺はゆっくりと待つことにした。
「ゴメンね、ゴメン。あたし、ついていきたい…。けど、けど…」
「いいんだ。いつまでも待っててやる。俺は絶対に友達を裏切らない!」
「リョウ~」
その時間がしばらく続いた。小さな背中の震えは次第に収まっていった。
「ゴメンね。ついていくって行ったのに…」
涙を拭いながら離れるシュラ。どうやらティナも今回ばかりは目を瞑ってくれたようだ…。
「そんなの気にしてないよ。送っていこうか?」
「大丈夫っ! すぐ近くだし!」
笑みを浮かべ帰路を元気よく走っていく。その後ろ姿を見つめていると…意外に冷静になってきた。
「行っちゃいましたね」
「あぁ。これもアイツの意志だ」
「………」
「リョウ、お前も泣けばいいと思うと」
「ユウリ…」
ぶっきらぼうにいい放つユウリ。その言葉自体は嬉しい。けど、俺は泣けない…。
「帰ろう? 引きずってても仕方ないよ!」
雰囲気を振り払うように俺の手をとると、そのまま宿に向けて走り始める。俺1人だけならこの気分を突破することも出来なかっただよう…。
「ありがとなっ!」
俺の先を必死に走るティナには聞こえていないだろう。けれど、いや、それでもいい。重なる手の感触を確かめるようにその手を強く握り返した。