第185話
「雪?」
「珍しいな…」
昼食をサンドウィッチで済ませ、庭の中を眺めながらの会話。太陽が沈みかけ気温が下がったせいだろう…。
「これも、一興だよね…」
シンシンと降る雪が木の上へ被さり中々見れないような珍しいな風景を披露していた。青々とたくましい巨木に雪化粧、それはまるで季節を反転させたようだった。
「美しい…。どうにかならないものか…」
「どうしたの?」
「こんな広い土地に何故人がいないか分かるか?」
「分かんない!」
「はぁぁ…。これは俺の予想だがここは恐らく魔物の溜まり場なのだろう」
「っ!」
「だから人が近寄るのは極めて危険。そんな所へ住むなんて愚の骨頂だ」
「確かに…」
「そうだ! 良いことを思い付いた!」
俺はアイテムボックスから無数に存在する魔晶を取り出す。それらは全て真っ赤な赤色に染まり属性は言葉に言い表す必要はない。
「この子達に防衛させるの?」
「まあ、見てろ!」
1つ1つに魔力を注いでいては時間がかかる。一気に魔力を込め同時に発動させる。そして現れたのは真っ赤な毛並みをしたコボルト達で、炎を纏う槍を携えながら立ち尽くす姿はまるで軍隊だった。
「………」
「お前達、命を成せ!」
俺の言葉に反応したコボルトは駆け足で門を通っていく。因みに塀を越えようとした奴は下から伸びた蔦に体を貫かれた。
「何を命令したの?」
「近隣の魔物の実権を握れと言った!」
「………。コボルトだよね?」
「そうだ!」
「そんな知能あるの?」
「俺の直轄だぞ?」
「あー、そう言えば反則的なリョウ兄がいたね~」
ティナはそう言うと諦めたような顔をして机へ戻る。コボルト達の残した足跡は真っ黒に焦げきっていた。
「まあいい。これである程度は安心か?」
「そうだね。念のため、これを使ってみよう!」
ティナはそう言うと懐から真っ赤な魔晶を取り出し魔力を込める。それは何かしらの魔法が施されているようだ。
「っ!」
「驚いた? 本当の意味で魔法を盗っちゃった!」
現れたのは全長3メートル程の豹。それはオリジナルの魔物らしく『智神ノ叡知』のパッシブ効果として補助されている俺の知識の中にも存在しない。
「スゴいじゃないか。1つも教えてないのに…」
「人は日々成長だよ。まだこの子はスキルもろくに使えないけどね…」
「そうか。けどそれだけの魔力があれば十分だ!」
俺に向かい唸り声をあげる豹は生物的な危険人物を瞬時に見分けたようだ。俺を見るその目は獲物を見る目でなく明らかに怯えている。
「やったー! じゃあお願いね!」
「ガルッ…」
「じゃあ行こうかティナ。また来る時には人が増えてるかもな! 闇魔法‥」
俺の魔力が高まったことに危険を感じ、豹は一段と大きな咆哮を放つ。しかしそんなことに阻害される俺じゃない。十分に魔力が準備されたのを確認すると静かに呟いた。
「影移動…」
その言葉と共に俺とティナの体は豹の視界から消失した。そして次の瞬間…
「うわっ! リョウ兄~」
「しっかり掴まってろよ!」
今回の移動は少し趣向を変えてみたんだ。物陰、ではなく夜という影に移動した。と言うことで、今いるのは、雲の上だった。
「落ちるって、落ちるって! どうするの!」
重力に任せ落ち続ける俺達。既に暗くなった空では月が輝き、俺達の姿を鮮明に照らしていた。
「絶対に離すなよ!」
左手でティナをしっかり抱え落ちないようにする。背中に現れた黒い翼は風をその身全体に受け、大きく飛び上がった。
「忘れてたよ、それのこと…」
本当に便利なのか便利じゃないのか分からないモノだ。飛ぶだけなら闇魔法や風魔法で十分。守るのなら結界や水魔法がある。けどこれの良いところは、常人並みの魔力だけで発生させられて1度発生させると意識しない限り消えないところ。
「降りるぞ!」
翼を畳みそのまま重力に従い墜ちていく。軽く音速を越えているのだがティナは全く平常通りだ。
「リョウ兄、そろそろじゃない?」
ティナの声と共に俺は大きく翼を羽ばたかせる。古い家屋なら吹き飛びそうな爆風が地面を叩き、道端に寝転ぶ猫を吹き飛ばした。
「さあ、行くか!」
「うん!」
着地の影響を出来るだけ抑える為、宿からはある程度離れた所へ降り立った。闇夜が俺達を包む中、俺は微かな月明かりを頼りにティナの手を引き帰路についた。
「お、おかえり~」
扉を開けると濃い酒の香りが押し寄せてくる。チビチビとビールを傾けるリアスは隣から漂う酒の香りにプルプルと震えていた。
「ただいま。飲みたいのか?」
「…………」
答えないリアス。ギュッと口を閉じて黙る姿は少し悪戯心をくすぐる。
「リリス、今日はどこ行ってたんだ?」
「リョウ!」
「ん、どうした?」
「私のことは無視!?」
「何も言わなかったろ?」
「……。イジワル…」
拗ねたようなリアスに苦笑する。ティナに席を進め俺自身も座ると、あることに気が付いた。
「ユウリ達は?」
いつもなら俺の影に探ったり、少し離れた端の方で俺達を眺めているユウリがいない。それに伴ってサンもいなかった。
「そう言えばまだ帰ってないみたいね。相変わらず討伐依頼に行ってたから…」
「そうか…。大丈夫かな…?」
いつもいた者がいないとなると少し寂しい。ユウリもサンもここ最近では常に一緒だったのもあるんだろう。
「大丈夫じゃない? ユウリは強いでしょ?」
「まあな…」
信じていないわけじゃない。けど心配なものは心配だ。扉を眺めボウッとしているとその扉が急に開かれた。
「ガウッ!」
「サンっ!」
必死、と言ったような声と共に開けられた扉。あまりの大きな声に宿の中の人達は武器を構えた。
「ガウッ、ガウッ!」
よく見るとその背中には人が乗っていた。血塗れの黒の忍び装束は無惨にも切り裂かれていた。
「何があったサン!?」
「襲撃だよ。早く!」
人に化けたサンの顔は必死そのものだった。驚くリアス達3人だったが説明してる暇はない。倒れ伏したユウリを抱えるとそのまま俺の部屋へと運んだ。
「くっ…」
《手遅れだね?》
《うるさい!》
「お、お父さん、だ、大丈夫だよね?」
心配そうに俺を見つめるサン。そしてそれとは逆に面白そうな表情を浮かべ机に腰掛ける裏背。正直ユウリの状態は余裕をかませるレベルじゃない。
「出ていけサン。リアス達にも入るなと伝えてくれ…」
「お父さん! 必ず、助けてよ…」
そう言い残し部屋を出ていくサン。それと共に机に座っていた裏背は俺の隣へ移動した。
《状況は切り傷と銃弾による外傷で蘇生不可能。呼吸はしてるから死んではいない》
《しかし精霊魔法じゃ治らないし生魂を使っても恐らく回復は望めない》
《かといって手術、でも助かる見込みはほぼゼロ》
《………》
《助かる方法は1つだけだよね?》
《………》
裏背の諭すような声はまるで俺を蝕んでいるように感じる。もし実行すればタイムリミットはたった5分程。その時間で助けきる自信も能力も俺にはなかった。
《君がやらないなら僕がやるよ!》
そう言って魔力を纏わせる裏背。その目は本気だった。
《止めろ。俺がやる!》
とは言え俺には生きている親しい者を殺すなんて腸を千切られるより辛い。その心境を知ってか知らずか裏背は刃を消さない。
《幸い銃弾は全部抜けてる。切り傷も深いけど精霊魔法と生魂を重ねれば脳死まではいかない。そして最低脳死までいっても生魂を丸々使えばいい》
《………》
やるしかないな。俺は無言で刃を突き付けた。