第184話
「くわぁぁ…」
朝日が降り注ぐなか、俺は体をグィィと伸ばす。その時、布団が捲れ隣で寝てるティナの姿が露になる。
「んぅ、おはよう~」
光が射したことで目を覚ますティナ。ボサボサになった髪を手で抑えるが、虚ろな目と欠伸を繰り返すことからまだ眠気は覚めないようだ。
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん。リョウ兄が隣だったし!」
「なんて言えばいいんだ…」
「照れてればいいのに!」
「ふっ!」
薄い笑みを浮かべるティナ。魔法で髪を整えるとベッドから華麗に躍り出る。しかしそれより早く動いた俺はその腰へ手を回す。
「なに!?」
「お前も照れてればいいんだよ!」
「んぅぅ…」
戸惑い俺に目を向けるティナ。軽くキスを交わすと俺はそんな紅くなり戸惑うティナへ…、
「その表情程、俺の心をくすぐるモノはないよ…」
「っ!」
瞬く間に真っ赤になったティナ。気にせずに優しく頭を撫でていると、ティナはプルプルと震えながら大人しく手の中に収まっていた。
「………」
「ぅぅ…。リョウ兄、ねえそろそろ…?」
朝なのにも関わらず甘い雰囲気に満ちた部屋では言葉を放つのさえ辛い。正直この雰囲気を張本人である俺でさえ喋りたくない…。
「止めようか?」
「ズルい…」
「ふっ、ゴメンな、ティナ!」
「んーー!」
耳まで真っ赤にしてうつ向く姿はイタズラ心をこれでもかという程刺激してくる。必死にその感情を抑えつけた俺は、気持ちを切り替えるように魔法で服を着替えると、大太刀を手に取る。
「行こうかティナ?」
「このまま放置!?」
「期待か?」
「………」
「今日は丸1日一緒にいるだろ?」
うつ向くティナの顎を持ち上げると俺は無理矢理キスした。朝なのにやり過ぎ、と思わなくもないのだが、そこは若いと言うことで割愛だ。
「やっぱりリョウ兄はリョウ兄だ~!」
「なんだよ、それ! ほら行くぞ!」
俺はそれだけ言うと今度こそ部屋を出た。そう言えば今日はどこに行こうか…。
「ん、もう行ったのか?」
「早いね。と言うかよくリアスを起こせたね…」
「だな。雷でも落としたか…?」
「流石にそれは‥」
「あるだろ?」
「確かに…」
確かに少し遅くなったが十分早めの時間だと思う。にも関わらず下にはリアス達2人を含めユウリ、サンの姿もない。
「まあいい。俺達は俺達で出発しようか!」
「う、うん!」
恐らくはリリスが気を使ってリアスを急かしてくれたんだろう。それに伴いユウリとサンも出発したんだと思う。
「ティナは街がいい? 森がいい?」
「森がいい!」
「よし、なら決定。闇魔法‥」
建物の影に隠れると共に豊潤な魔力が俺達の体を螺旋状に包む。そして「離れるなよ」と呟きながらティナを抱き締める。
「影移動…」
呆気ない程、綺麗さっぱり消え去った俺達。あとに残されたのは俺の支配下から僅かに離れていた微量の魔力だけだった。
「っ…」
そこには森と言っても木々は少ない。その代わり、芝生のように地を埋め尽くす緑が心地いい風に揺れていた。
「昨日、リリスと来た時に見たんだ。民家もないようだからうってつけだと思ってた!」
「どういうこと?」
「魔法を乱用するためだ。複合魔法‥」
目を閉じ腕を組むと、俺を中心に膨大な量の魔力が渦を巻く。その魔力は周囲の草花を、大地を、空を巻き込んで全てが俺の支配下に入る。
「目を閉じてろ。天地改華!」
己の目を閉じティナの目を手で塞ぐ。そして数秒後、何色とも言えないような強力な光が辺りを包む。白、赤、青、黄、緑、黒、全てに該当しない光は俺達を包みその視界を完璧に封じた。
「な、何!?」
「見てみろ…」
俺の言った通りギュッと目を閉じていたティナにそう促す。とはいえ、ここがさっきまでの所とは到底思えないな…。
「何、ここ…」
平地だった地面には丘が作られ川が流れる。その水が集まる一点には大きな池が形作られ、鮮やかな色をした花が咲き乱れていた。所々に生えた青々とした木々は風にその身を揺らし、芳醇な自然の香りを辺りいっぱいに撒き散らす。
「さあ行こう。愛しのティナ!」
「っ!」
その手を優しく包み俺は歩き出す。丘の影を横切り自然の水の香りがする池の縁を歩く。ポツポツと魔法により急成長した木々は体を揺らし俺達2人を歓迎してくれた。
「もしかしてこれ、全部魔法?」
「こんなモノは単なる余興だ。それにこれ自体は魔法じゃない」
「どういうこと?」
「お前達の魔法とは違う原理なんだよ!」
「ん?」
今更ながら俺の魔法は少し特殊だった。普通は魔法とは魔力で形作りそれを攻撃、防御、支援、等にまわす。しかし俺の魔法はそもそも魔力で形作ってなんていない。俺の魔法は自然発生したモノを工夫したり、魔力を馴染ませるなどして強力にしていたモノを使っていた。
「さあ、ついたぞ!」
「?」
そこには華やかな花達が咲き乱れ、流れ込む小さな川は1つに合わさり小さな池となっていた。
「まだまだあるんだ、時間は…。ティナくらいだぞ、ここまで力を使ったのは…。植物魔法‥」
一体に魔力が吹き荒れ自生する草花を揺らす。ティナはゴクリと唾を呑み、その様を真剣な表情で見つめていた。
「想造!」
その言葉と共に太い蔦が地面から生えた。ティナは咄嗟に弓を構えたが俺の魔法だと気付くと手を下ろす。
「まだまだだ!」
魔力を流し続け魔法を支配下に置き続ける。生えた蔦は複雑に絡まり無数の柱となる。そしてその間には木の板が張り巡らされ徐々にだが屋敷の形をとり始めた。
「す、スゴい…。もうこんなの魔法じゃ…」
豪勢な大きな屋敷は風通しのいい木製。屋根等の外部には遮熱性のある植物の粘液を使う。そして最後にゴトリという音と共に2メートル程の木の塀が作り出された。
「この土地は俺が買おうと思ってるんだ…」
「えっ?」
「確かにティナにこの風景を見せたかったのはある。けどな、謂わば下見に来たみたいなものでもあるんだ!」
「へーえ、ティナは単なる下見役なんだ~」
「そうだな…」
「………」
「そして初めての来訪者でもある!」
俺がティナの手を引き進むと硬い木々の塀はその重い門を開け放つ。そして俺がティナを急かし中へ入ると再び頑固にその扉を閉ざした。
「ここを買うって、そんなお金あるの?」
「まあな。クリスとの約束だ!」
大きな庭の中には流れ込んだ川により池が形作られ、その隣では淡い桃色をした花を咲かす桜のような巨木が堂々とたたずんでいた。
「じゃあどうしてここに?」
「人がいないからな。植物魔法‥」
魔力が俺の意思通りの一点へ集まりその場に魔力の渦をもたらす。相変わらずティナは俺を質問攻めにするが淡々とそれに答えていた。
「草造!」
魔力が弾け小さな木がその場で急成長。そして一定の高さまで来るとその葉は変質し、石のように固くなりながら形を整える。
「ねえリョウ兄!」
「なあティナ、飯でもどうだ?」
その机にバスケットを置き俺はそう呟く。いつの間にか形作られた背もたれ付きの椅子には質素だが美しい装飾が施される。
「…………。後で色々と聞くからね!」
「それよりこの情景を楽しもうぜ!」
ティナへ紅茶を差し出し、自分もその紅茶をすする。美しく咲き乱れる花達は屋敷にとどまらずここ一体を埋め尽くしていた。
「もういいよ。ティナにはリョウ兄さえいてくれればいいから…」
バスケットの中のサンドウィッチを小さな口で頬張りながら話すティナ。口元についたソースが妙に子供っぽく、そして可愛く、俺は思わず笑みを浮かべていた。